義弟の回想2(ナイジェル視点)
「僕の母の家は……」
「貴方の母親の家はもうありません。王家の怒りを買ったのですから、これは仕方のないことです」
公爵はそう言うと、少し悲しげに目を伏せた。
……そうかもしれないとは思っていたけれど。実際に聞くとなんともやるせない気持ちになる。
「公爵は……僕を使ってなにをしたいのですか」
明日の食事もままらないような今だ。保護してくれるのなら、それは純粋にありがたい。
だけど――手に負えない面倒事に巻き込まれるくらいなら、飢えて死んだほうがマシである。絶対にいいことなんてあるはずがない。
さらし首になる自分の姿を想像して……僕はぞくりと背筋を震わせた。
「不穏なことは考えてはいませんよ。貴方が手元に居るだけで、ひとまずは良しとします」
公爵はそう言って、にこりと柔和な笑みを浮かべた。
その答えに思わずきょとりとしてしまう。
「僕が、居るだけでですか?」
「情勢は常に変化するでしょう。王子のお体が強くなるかもしれない。もしくは、王妃や側室が男児を孕むかもしれません。しかしそれはすべて不確定なことです」
なるほど、と思う。
なにかが欠ければ、別のなにかが必要になる。だから僕が必要なのか。
「健康になるかもしれない王子や、未来に産まれるかもしれない王子と違って。……もう存在する僕が欲しいと。いざという時に使えるものを手元に置いておきたい、ということですか」
僕の言葉を聞いて公爵はくすくすと笑い声を立てる。なんだ? 違うのか?
「それは理由の一つですね。もう一つの理由も当ててみてください」
試すような言葉に腹立たしく思いつつも、僕は『理由』を考えた。
公爵は国を『このまま』にしておきたい人なのだろう。
ならば。たぶん、恐らく――
「公爵は……王様の味方なのですよね? 王様の敵が僕を見つけて利用しないように、隠すため……?」
「その通りです。いやぁ、賢い子だ」
公爵は嬉しそうに笑うとパチパチと手を叩いた。褒められているのか、バカにされているのかわからない。
だけど言葉通りに受け取るなら、僕は公爵の元に居るだけでいいのか。
少なくとも、今の状況が大きく変わるまでの間は。
少しだけ……肩の力が抜けた気がした。
「貴方の存在は極一部の人間しか知りません。知っている者には厳しい箝口令が敷かれ、貴方に危害を加えれば厳罰が下ります」
箝口令の意味はよくわからないけど、とにかく身を守ってくれるということだろう。
「それは、どうも」
半笑いでなんとか言葉を返す。僕の表情は動きにくいらしいから、公爵に伝わっているかは怪しいけれど。
公爵にとって、僕は生きていて欲しい人間なのだ。それは素直にありがたい。あとは人間らしい生活を……させてくれるといいんだが。
「衣食住や教育は保障します。何事もなく王子やこの先産まれる子が王位を継ぐようでしたら、貴方には爵位をお渡ししますよ。場合によってはですが、うちの娘と結婚をしガザード公爵家に入ってもいい。高貴な血を家に入れることは、素晴らしいことですからね」
僕の気持ちを読んだように、公爵がそんなことを口にする。
……公爵が言っていることがすべて本当ならば。一番面倒なのは『奇跡』がなにも起きず、僕を王様に……なんて話になることだろう。それは勘弁願いたいな。その場合は遠慮なく逃げてしまおう。
――それにしても、公爵の娘との結婚?
この腹黒そうな男の娘だ。娘の方も腹の底まで真っ黒なのだろう。
そんな娘との結婚なんて、ただの罰ゲームじゃないか。
公爵は案外こういう人なのです。




