わたくしと義弟の思い出23
薔薇園に着くと、ナイジェルがわたくしの手を取って馬車から降ろしてくれた。すっかり、貴公子のような仕草が身についたわね。最初はあんなにマナーもできていなかったのに。御者台に座っていた護衛もわたくしたちの後に続く。
ナイジェルに手を引かれながら薔薇園に入ると、様々な年齢の男女が思い思いにくつろいでいるのが目に入った。貴族階級らしき老夫婦。恰幅のいい男とその妻。まだ若い、婚約者同士らしい男女。皆は表情を和らげながら、薔薇について語ったり、愛を囁きあったりしている。
……わたくしも、マッケンジー卿と来たいわね。
ナイジェルの剣の授業は終わったのだし、少しだけわたくしのためにお時間をくれないかしら。
「姉様、綺麗ですね」
「そうね、美しいわ」
赤い薔薇を見つめながらナイジェルが言う。わたくしも見事な薔薇に目を向けて、同意を示した。この薔薇園には一年ほど前に『お友達』と来たきりだった。久しぶりに来たけれど、やはり綺麗ね。
わたくしとナイジェルは薔薇を眺めながら園内を回る。初々しい恋人たちとでも思われているのか、通行人に微笑ましいと言わんばかりの視線を時折向けられるのが面映い。
ナイジェルとわたくしとはまったく似ていないから、姉弟と思う方が難しいものね。
……半分は血が繋がっているはずなのに。
ちらりとナイジェルに目を向けると、いつもながらの眩しい美貌がそこにある。その表情は冷たく、甘い美貌にはほど遠いけれど……こういう雰囲気の美形に弱い令嬢も多いのよね。わたくしの好みとは違うけれど。
ナイジェルはわたくしの視線に気づくと、少し照れたように笑う。すると彼の冷たい雰囲気は、陽だまりに溶けたかのようにふわりと緩んだ。
「……見つめられると、照れるのですが」
「あら、ごめんなさい。わたくしたち、ちっとも似ていないわねって……しみじみ思ってしまって」
わたくしがそう言うと、ナイジェルの目がなぜか少し泳ぐ。それが不思議でじっと見つめると、ごまかすように視線は薔薇へと向けられた。
「黄色の薔薇、綺麗ですね。以前、姉様がお茶会で着ていたドレスもこんな色でしたね」
「……今、なにかごまかさなかった?」
「いいえ、そんなことは」
……絶対なにかごまかしたでしょう。
半眼で睨むとナイジェルは困ったように眉尻を下げる。その情けない表情を見ていると追及をする気も失せてしまい、わたくしは少し笑ってしまった。
「まぁいいわ。薔薇を見ましょう」
「はい、そうですね」
あからさまにほっとしたようなナイジェルを横目に、わたくしは薔薇の観賞へと戻る。こういう姿を見ていると、騎士学校でちゃんとやれるのか少し心配になるわ。
そんなことを考えながら視線を前に向けると――一人の貴婦人がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
年の頃は三十半ばくらいだろうか。白いドレスを着て、畳んだ日傘を手にし優美に足を運んでいる。その様子には不審な要素はない――だけどわたくしはなぜだか彼女が気になった。
ちらりと見ると、ナイジェルも護衛も彼女を気にしている様子はない。そうよね、どう見てもふつうの来園者だもの。じゃあどうしてわたくしは、彼女のことがこんなに気になるのだろうか。
ふと、彼女の日傘が目に入る。今日の陽はそれなりに強く、日傘を差しているご婦人たちは多い。
そうよ……どうして彼女は持っているのに日傘を差していないのかしら。
女との距離がどんどん近づき、あと一歩で隣をすれ違う距離になる。女の傘の先が、ふとナイジェルの方を向くのが見えた。日傘の先が鈍く光るのを認識して……わたくしは反射的にナイジェルを護衛の方へと突き飛ばしていた。
ちりりと腕に痛みが走る。傘の先につけていた針かなにかは、わたくしの肌を掠ったらしい。意識が揺らぎ、体が地面へと崩れ落ちる。得物に毒が塗られていたのだろう。霞む視界に護衛が女を地面に引き倒しているのが見えて、わたくしは少し安堵した。
「姉様!」
ナイジェルの悲痛な叫び声が響く。わたくしはそれを聞きながら――
入学祝いはお預けになりそうね、なんて。
どこか呑気なことを考えてしまった。
次回からナイジェル視点がしばらく続きます。




