わたくしと義弟の思い出22
護衛を一人連れて、ナイジェルと馬車に乗り込む。ナイジェルは剣を持って行きたがったのだけれど、「今日のお出かけには必要ないわよね?」と説得したら渋々という様子で家に置いていった。だって、近くの薔薇園に行くだけの上に護衛も居るんだもの。
「姉様の騎士になりたかったのに」なんてつぶやきながら肩を落としていたけれど……本当にわからない子ね。騎士と姫ごっこなら想い人とでもすればいいのに。前にお茶会で『想い人がいる』と言っていたじゃない。あのお茶会は二年も前のことだから、その想い人への気持ちは消えている可能性も高いけれど。
「薔薇園、楽しみです」
なぜか向かい合わせではなく隣に座ったナイジェルが、そう言って口元を緩ませる。
この子の『好きなもの』や『嫌いなもの』をまったく知らないのだと……わたくしはその言葉でふと気づいた。
ナイジェルはお父様にわがままを言わない。『なにが好きだ』や『なにが嫌い』という言葉を彼はほとんど口にしないのだ。剣を習いたい、と言い出したのが唯一のわがままね。
わたくしなんて『ドレスはこの色が好きよ』とか、『お父様ともっとお話したいわ』なんて日々わがままを言ってばかりなのに。
……この家では、ナイジェルはわがままも言えなかったのかしら。
その事実に罪悪感を覚え、わたくしは口を開いていた。
「ナイジェルは、薔薇が好きなの?」
ナイジェルは質問を聞いて少し首を傾げる。違ったのかしら? 薔薇が好きだから、薔薇園が楽しみなのではないの?
「お前は薔薇が好きなのではないの? 薔薇園を楽しみにしているのでしょう?」
「その、好きな方がお好きなようなので……楽しみなだけで」
義弟はそう言うと、白い頬を淡く染めた。
『好きな方』。ナイジェルが剣の稽古をはじめて忙しくなったこともあり、それが誰か訊く機会もなくうやむやになっていたけれど……。今でも一途に想っているなんて、義弟は案外ロマンチストなのね。
そこまで想っているのなら、お相手が誰か無理に聞き出すのも野暮かしら。
「では、お前はなにが好きなの?」
「色でしたら……黒が好きです」
じっとこちらを見つめながら、ナイジェルは答える。わたくしはそれを聞いて、目をぱちくりとさせた。
「黒? 地味な色が好きなのね」
「黒はとても綺麗だと思います。白がとても映えますし」
「ふふ。もっと可愛らしい色はたくさんあるのに」
義弟の渋い趣味にわたくしは思わず笑ってしまった。銀色の髪と白い肌のナイジェルにはよく似合う色だから、いい趣味だとは思うけれど。
「では騎士学校合格のお祝いで、黒の身に着けるものをなにかあげるわ。薔薇園の帰りに少し店へ寄りましょう。それくらいなら、護衛も許してくれるでしょうし」
意地悪な義姉からの贈り物なんて嫌かしら。言ったあとに、そんな気持ちになる。
「本当ですか。姉様」
だけどそれは杞憂だったらしく、義弟は意外なくらいに乗り気だった。そのことにわたくしは少しだけ安堵を覚える。
「ええ、なにが欲しいか考えておいて」
「わかりました」
義弟は答えると真剣な表情で悩みはじめる。彼のそんな子供らしい様子を見て、わたくしは口元を緩ませた。
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