わたくしと義弟の思い出20
「本当に逞しくなりましたか? あの、どのあたりが……」
……ずいぶんと、しつこく訊いてくるわね。
わたくし意地悪は言うけれど、嘘は言わないわよ。
「本当に逞しくなったと思っているわよ? ほら、腕なんか前よりかなり太くなっているし」
ナイジェルの腕をしばらく触ってから自分の腕に触れてみる。すごいわ、硬さが全然違う。鍛錬で筋肉がちゃんと付いているのね。
「わたくしとこんなに腕の硬さが違うわ。ほら、触ってみて」
ナイジェルの手を取ってわたくしの腕に触らせる。日々の力仕事なんて本を持つくらいだから、悲しいくらいにふわふわなのよね。ナイジェルの指先が、家に居てばかりで生白い肌にふかりと埋まる。ちょっとまって、指が埋まりすぎじゃない!? ……ダメね、これは少し痩身を考えないと。
「ね、姉様!」
ナイジェルが焦ったような声を上げて、火傷でもしたかのように手を引っ込めた。義弟にはめずらしい乱暴な仕草に、わたくしは目を瞠った。
怒ったのかしら。そうよね……わたくしになんて触れたくないわよね。
「触れたり、触れさせたりして……悪かったわ」
胸の奥がぎゅっと苦しくなる。目を伏せて謝罪をしながら、わたくしはナイジェルから少し距離を取った。
「驚いただけで、嫌ということは」
「そう、お気遣いありがとう。わたくし部屋に戻るわね」
「姉様!」
自分の無神経さに呆れながら、退室しようとした時――
後ろからどんとぶつかられる感覚があって、腰に腕が回された。背中に自分ではない体温がしっかりと貼り付いている。これは……ナイジェルに抱きしめられているのかしら?
「触っても、大丈夫ですから!」
ナイジェルはなんだか必死な声でそう言うけれど、『触っていい』にしてもこれはくっつきすぎなんじゃない?
「ナイジェル、離れなさい」
「お部屋に戻りませんか?」
「戻らないわ。お腹が苦しいから、早く離して」
腰を締め付けられると本当に苦しいのだ。このままでは内臓が口から飛び出てしまいそうよ。
それにこうされるのは……正直とても恥ずかしい。
ナイジェルの体はわたくしを抱きしめて余るくらいに大きくなっているし、声は少し上から響いている。密着しているとナイジェルが……子供から青年への過程を辿っていることを嫌というほどに感じてしまう。
「……柔らかい」
ナイジェルはわたくしを離さないばかりか、とんでもないことを言った。運動なんてダンスくらいしかしていないのだから、柔らかくて当然でしょう! ちょ、ちょっと! どうして首筋に顔を埋めるのよ!
「姉様……いい匂い」
な!? なぜ匂いを嗅いでいるのかしら! お風呂に入る前なんだから本当にやめて!
「もう、早く離しなさい!」
真っ赤になってぺちぺちと腕を叩いていると、ナイジェルはようやく離してくれる。
わたくしは彼と向かい合うと、上目遣いで睨みつけた。
「淑女には抱きつかないの! わかった!? よそでこんなことをしたら、大問題よ!」
「……姉様にしかしません」
「わたくしにも、ダメ!」
叱りつけるとナイジェルは悲しげに眉尻を下げる。そんな顔をされるとわたくしが悪いみたいじゃない。今までの行いの積み重ねもあるから……これ以上は強く言えなくなってしまう。
そういえばこの子、ここになにをしに来たのかしら。
「ナイジェル、どうしてここに来たの。わたくしに用事があって?」
「あ……」
話を振ると、ナイジェルは何度も頷く。そしてわたくしの手を握った。
「来週、騎士学校の入学試験を受けることになりました。マッケンジー卿からは、合格するだろうとの太鼓判を頂いております」
ナイジェルは、真剣な表情でそう告げた。
そうなの。ナイジェルはこの家を……ようやく離れられるのね。
「良かったじゃないの。いつも頑張っていたものね」
「それで、試験に合格したらという前提ですが。騎士学校に入る前に……」
彼はそこで口ごもると、視線を少し泳がせる。わたくしはせっつきたくなる気持ちを堪えて、ナイジェルの次の言葉を待った。
じっと見つめているとナイジェルはようやく口を開く。そして……
「二人で出かけませんか?」
そんなことを言ったのだった。
義弟の精一杯のデートのお誘い(*´﹃`*)




