わたくしと義弟の思い出19
ナイジェルが剣の鍛錬をはじめてから、あっという間に二年近くが経った。
マッケンジー卿の見込みは正しかったようで、ナイジェルの剣の腕はめきめきと上達しているそうだ。鍛錬は厳しいものでナイジェルは日々疲れ切っており、夕食を食べ終えるとすぐに眠ってしまう。だからわたくしとの接触は、以前よりも明らかに減っていた。
ナイジェルへの気まずい気持ちを抱えている私は……その自然発生的な疎遠に甘えてしまっている。
ちなみに、マッケンジー卿とも交流はあまりできていない。それもそうよね、彼はあくまでナイジェルに剣を教えに来ているのだから。……残念だわ。
授業を終えてから、図書室で一人自習をする。そんな日課ばかりの毎日が静かに淡々と過ぎていく。時々一抹の寂しさを感じるのは、以前はべったりと側にいたあの子が居ないからだろうか。
わたくしもナイジェルも、もう十二歳。
時が経つのは本当に早い。あの子が屋敷に来てからもう四年だ。
最初はあんなに燃え盛っていた『不義の子』に対する反発は、最早残り火のように心の隅で燻ぶるだけとなっている。
なにかを憎み続けることは難しい。それが理不尽な理由なら、なおさらね。
そう。大人の都合に振り回されただけのあの子に辛く当たるなんて、理不尽以外の何でもない。
そんなこと……最初からわかっていたのに。
「……どうしたものかしらね。困ったわ」
ため息を吐きながら読んでいた本を閉じ、冷えた紅茶を口にする。
「なにかお困りなのですか? 姉様」
急に聞こえた透明感のある声に、わたくしはギクリとした。図書室の入り口に目を向けると、予想の通りナイジェルが立っている。彼がここに現れるなんて久しぶりだ。今日は授業が早く終わったのだろうか。
ナイジェルはこちらに近づくと、わたくしの隣に腰を下ろす。この子はなぜか他の椅子が空いていてもわたくしの隣に座るのだ。止めろと言ってもきかないのよね。
久しぶりのナイジェルとの二人きりでの接触に、わたくしは身を緊張させる。そして乾く喉から声を絞り出した。
「困ってなんかいないわ、放っておいてちょうだい」
長年憎まれ口を言い続けたわたくしの口は、ナイジェルに対して自然につっけんどんになってしまう。だけどナイジェルも慣れたもので、それを気にする様子もなかった。
「……本当に、困っていないですか?」
ナイジェルはじっとこちらを見つめながら、長椅子に乗せていたわたくしの手を握った。その手は昔よりも大きくて、そして傷だらけだ。
変わったのは手だけじゃない。ナイジェルの背は伸び、体つきも訓練の成果なのか以前よりもしっかりとしている。そして美貌にはさらに磨きがかかってるわね。見慣れていてもちょっと眩しいわ。
ずいぶんと……『男の子』になったのね。
間近で見た義弟の姿に、しみじみとそんなことを思ってしまう。
あら、眉の上に少し傷があるじゃない。傷が残らないといいのだけれど。せっかく、こんなに可愛い顔をしているんだから。
「……姉様?」
わたくしはどうやら義弟を食い入るように眺めていたらしい。ナイジェルは恥ずかしそうに頬を染めて、ぎこちなく視線を逸らした。その仕草は怖いくらいに色気たっぷりだ。……わたくしは色気の『い』の字もないのに、ずるいわね。
「ナイジェル。前より逞しくなったわね」
「ほ、本当ですか!?」
何気なく漏らした言葉にナイジェルが食いついてくる。彼の表情はあまりに真剣で、わたくしは少しばかり引いてしまった。
義弟は姉様からの褒め言葉に敏感です。




