わたくしと義弟の思い出17
騎士への道は広く門戸が開かれており、登用試験に合格することで平民でも貴族でもなることができる。マッケンジー卿も平民からの登用で、活躍を買われて現在は爵位を賜っているのだ。
それだけ聞くとなんて懐が広い世界なんだろう、と思うかもしれないけれど……
騎士の世界は貴族家の者が幅をきかせており、平民出の騎士は下働きのように扱われ、出世がし辛いなどのあからさまな差別を受ける。
マッケンジー卿はその扱いを実力で跳ね返す『異端』だったわけだけれど。本当に素敵だわ! そんな勇猛果敢で才覚に溢れた将なのに、いつも気さくで気取っていないところも素敵よね。はしたないとわかっていつつも『大好き』だなんて気持ちが溢れてしまう。
……わたくしのマッケンジー卿への気持ちは、どうでもいいわね。
騎士になる方法は登用試験という正規ルートとは別に、もう一つのルートがある。
それが『騎士学校』への入学だ。
騎士学校は一定以上の功績を上げた、現役騎士の推薦でしか入れない二年制の学校だ。
十二歳から十八歳までの間ならいつでも入学が可能。推薦があった生徒の入学試験は、随時行われている。
推薦だと貴族の権威に任せての入学が横行しそう……なんて思われるかもしれないけれど。
推薦入学者が厳しい訓練に耐えられず逃亡した場合やその他問題を起こした場合、本人だけではなく推薦者も厳しい処罰を受ける。なので『余程』の信頼がないと推薦には至らないのだ。
入学試験が登用試験とは比較にならないくらいに厳しいので、腕に覚えのない者が無理矢理コネでの推薦を勝ち取っても入学自体がそもそも難しいのだけれど。
そんな事情で騎士学校卒の生徒は信用という担保があるため、卒業後に重要なポストに就きやすい。騎士学校在籍中の成績によっては、近衛騎士という花形への道も開けるのだ。
「ナイジェルを推薦だなんて。マッケンジー卿に、ご迷惑がかからないかしら……」
わたくしが最初に思ったのはそれだった。
ナイジェルが問題を起こせばマッケンジー卿が処罰を受ける。それだけは絶対に避けないと。
「姉様、僕は逃げたりしません」
ナイジェルがわたくしの服を引っ張りながら、心外だという顔をして言う。
……だけど授業の初日からこんなにボロボロなのよ? 学校は腕に自信のある生徒たちばかりだろうし、入学できたとしても毎日泣くナイジェルしか想像できないわ。
「……わたくし、心配よ」
ぽろりと出た言葉に自分で驚いて、口を手で押さえる。するとナイジェルは大きく目を瞠った後に、咲き誇る花のような美しい笑みを浮かべた。なんなのよ、その嬉しそうな顔は!
「大丈夫ですよ、ウィレミナ嬢。俺……いや、私が大丈夫だと思うまでは推薦はしませんからな」
わざわざ『私』と言い直すマッケンジー卿は、悪戯小僧のようで少し可愛い。大人の男性の上に可愛いところもあるなんて、本当に最高ね。
「ふふ。マッケンジー卿、楽な言葉遣いで大丈夫ですのよ」
「いや、これは失敬。では、お言葉に甘えて少し楽にさせて頂きますかな」
マッケンジー卿はそう言うと、照れたような笑いを浮かべた。そしてクッキーに手を伸ばして一口で食べてしまう。彼はどうやら、甘い物がお好きらしい。
わたくし……先ほどはマッケンジー卿の眼識を疑うような失礼なことを言ってしまったわね。きちんと謝罪をしないと。
「ナイジェルを疑うことは、マッケンジー卿の眼識を疑うことになってしまいますわね。剣のことなどわからない小娘が失礼を申してしまい、申し訳ありません」
マッケンジー卿のところへ行ってぺこりと頭を下げると、頭を大きな手でわしゃわしゃと撫でられる。それが心地よくて、わたくしは思わず笑みを漏らした。
「弟君が心配だったのでしょう? ウィレミナ嬢は良き姉君だ」
――だけど、かけられた言葉を聞いて心が凍りつく。
わたくしは、いい子なんかじゃない。弟いじめをする悪い姉なのだから。
可愛いオジサマは、いいですよね。




