わたくしと義弟の思い出16
「なによ、ボロボロじゃないの。情けない子ね」
剣の授業が終わり、マッケンジー卿に小脇に抱えられて屋敷に戻って来たナイジェルを見て、わたくしはため息をついた。
「少し、やり過ぎましたかな」
マッケンジー卿は申し訳なさげに言うと眉尻を下げる。そして居間の長椅子にナイジェルを下ろした。
ナイジェルはボロボロだけれど、意識ははっきりしているようだ。
……なんだか、意気消沈はしているようだけれど。
「マッケンジー卿は悪くありませんわ。剣の鍛錬というものに、怪我は付き物なのですもの」
そう返しながらナイジェルの様子を詳しく観察する。彼の体には大小の痣と、小さな擦り傷がいっぱいだ。マッケンジー卿が上手く手加減してくれたのか、大きな怪我は無いようね。さすがだわ。
ナイジェルは細身で小柄だし騎士には向いていないと思うのだけれど、どうして剣の教師なんてねだったのかしら。
あまりにボロボロだったのでさすがに可哀想になり、水差しの水でハンカチを濡らして少し腫れた頬に当てる。するとナイジェルは気持ち良さそうに瞳を細めた。
「冷たくて気持ちいいです、姉様」
「そう、それは良かったわ。あとはメイドを呼んで……」
「姉様に、して欲しいです」
変な子ね、メイドを待てないくらいに痛むのかしら。頬を冷やした後に、ついでに泥で汚れていた首筋を拭う。するとナイジェルはくすぐったそうな顔をした。
こうしていると本当の弟の世話を焼いているみたいね……なんて少し和みそうになる。
ダメね、下手に情を持つのは良くないのに。不義なんて道に外れたことは、許してはいけないの。
……本当に許しちゃいけないのはナイジェルじゃなくて、お父様だっていうのはわかっているのだけれど。お父様に嫌われるのが怖くて、はっきりそうと言えないのだから……わたくしは卑怯者なのだわ。
「姉様、腕も痛いです」
ナイジェルの声に、暗いところに沈んだ思考が引き戻された。
「なにを甘えたことを言ってるの」
「……だって、痛いのです」
白に近い睫毛に囲まれた瞳で、甘えるように見つめられる。仕方なしに腕の痣にも濡れたハンカチを当ててあげると、ナイジェルの表情がふわりと緩んだ。
後でお父様にお医者様を呼んでもらおうかしら。もしかすると骨にひびが入っているかもしれないし。
「後でお医者様を呼ぶわよ。いいわね?」
「はい、ウィレミナ姉様」
「痛み止めの軟膏と包帯を多く処方してもらった方がいいのかしら。まったく、手間がかかる子ね」
「……ごめんなさい、姉様」
ナイジェルが悲しげに長い睫毛を伏せる。すると白い頬に影が落ちた。
「剣は……いつまで習うつもりなの?」
このまま剣の授業を続けていたら、いつか大怪我をするんじゃないかしら。別にナイジェルが大怪我をしようと、私はどうでもいいのだけど。
だけどこの子が大怪我をしたら……お父様がきっと悲しむわ。
「僕が、強くなれるまでです」
「お前がなれるわけがないでしょう?」
「いいえ、強くなります。そして騎士になるんです」
ナイジェルが伏せ気味だった顔を上げる。強い意思を孕んだ視線がこちらを射抜き、わたくしはそれにたじろいだ。……騎士になる? この小さくて、華奢なナイジェルが?
「無理で……」
「いや、なかなか見込みがありますぞ。動きも悪くはないですし、何より明確な『目標』があるのか何度も食らいついてくる根性があります」
メイドが用意した紅茶を口にしながら、マッケンジー卿が会話に加わる。
見込みがある? マッケンジー卿がおっしゃるのならそうなのかしら。
「しばらく鍛えた後に、騎士学校への推薦をしてもいいと思っておりますよ」
――騎士学校。
現役騎士からのご推薦がないと入れない、騎士のエリートコースへの道。
そこに……ナイジェルが入るの?
タイトルへ至るフラグが回収されました(´・ω・`)
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