義弟は恋敵と向かい合う(ナイジェル視点)
ウィレミナ姉様がマッケンジー卿と話をしている。姉様の表情は今まで見たことがないくらいに輝いており、恋する気持ちに溢れていて……。そのお顔が僕に向いていないことが悔しくて、胸を掻きむしりたい気持ちになった。
僕の剣の教師に、姉様の想い人が来るとは思ってもみなかった。
『最高の教師』を頼んで『王宮近衛騎士団団長』が来るなんて、予想できるわけがないじゃないか。公爵を恨みたい気持ちにもなったが、僕はそれをぐっと堪えた。
それに、これは恋敵を観察できる絶好の機会でもある。
改めてマッケンジー卿に目を向ける。この人が姉様の想い人……僕とはまったくタイプが違うな。タイプ云々というよりも、生き物としての根本が違う気がする。何度生まれ変わっても『これ』になれる気はまったくしないな。
僕はここまで背が伸びないだろうし、筋肉もこんな付き方はしないだろう。僕がいくら鍛えても、体の作りの問題でマッケンジー卿のような雄々しい見目にはなり得ないのだ。
だけどそれは、あくまで『見た目』の話である。
剣の腕、騎士としての心構え、精神的な強さ。僕が追いつき、そして追い抜ける箇所はきっとあるはずだ。
僕は……マッケンジー卿に勝たなければならない。
僕だって姉様を守れるのだと、貴女の高潔な騎士になれるのだと。……それを証明しなければ。
「生意気な目をしてるな、坊主」
姉様が屋敷に戻ったのを見届けてから、マッケンジー卿が紳士の仮面を脱ぐ。そこに居るのは、抜き身の刃のような男だ。対峙しているだけでも足が竦む。老境に差し掛かった男の出す凄みとはとても思えない。
だけど……ここで気圧されてなるものか。
「……いずれ貴方に勝たなくてはならないと、考えておりましたので」
頬に冷や汗をかきながら絞り出すようにそう言って、マッケンジー卿を睨みつける。
僕の言葉を聞いたマッケンジー卿は目を丸くし、呵呵と大きな声で笑い出した。
「いい面構えだ。さすが『あの男』の息子だな」
今度は、僕が目を丸くする番だった。この男は――僕の『素性』を知っている?
僕の様子を見てマッケンジー卿はにやりと不敵に笑う。……王族の側で長年働いていたこの男なら、知っていてもおかしくはないのか。
「――知っているのですね」
「知ってるからこそ俺はこの話を受けたんだ。本来なら、まだ子守りをするような年じゃあないんだがな」
細身の木剣を投げられ、慌てて受け取る。はじめて手にした木剣は意外なくらいの重さがあり、これを振り回せるものなのかと弱気がわずかに顔を出す。僕はそれを、慌てて心の奥底に押し込めた。
「とりあえず、お前がそれをどれだけ扱えるか見てやるよ。どこからでもかかってこい。それを見てから、どの程度から指導をはじめるかを決める」
マッケンジー卿はそう言うと、挑発するように両手を広げてみせた。彼は木剣を持っていない。……一撃すら、僕が入れられないと確信しているのだ。
――『今』はその通りだろう。だけれど未来には、その大きな体を地に這いつくばらせてやる。
そして姉様の愛を、僕は勝ち取るんだ。
義弟は打倒恋敵を誓うのです。




