義姉と義弟とその未来2
エイリンに着替えを手伝ってもらい身支度を済ませ、ナイジェルとともに馬車に乗り込む。
すると……馬車の中には思いがけない先客たちがいた。
「お、お父様? それにマッケンジー卿も?」
にこにこと笑うお父様、そしてマッケンジー卿がわたくしたちより先に馬車に乗り込んでいたのだ。目をぱちくりとさせていると、手を引かれてお父様の隣に座らされる。そして、頭を優しい手つきで撫でられた。
「可愛いウィレミナ、会えて嬉しいよ」
久しぶりにお父様に甘やかされて、くすぐったい気持ちになる。まだまだ子ども扱いね……なんてことも思うけれど、心地よくて落ち着くわ。
「お父様、わたくしも会えて嬉しいわ。だけど、お二人ともどうして……」
「ナイジェルの用事に付き合うためにね」
「俺は、ガザード公爵の護衛としてご一緒しております」
彼らの返答にわたくしは納得する。ナイジェルとエメリナ様の婚約発表という予想が正しいのなら、お父様がいないなんておかしいものね。
「私が、姉様のお隣に座りたかったのに」
ナイジェルが不満だという顔をしながら、渋々向かいの席に腰を下ろす。その隣は当然マッケンジー卿で、体の大きな彼と並んで座るのは少し窮屈そうだ。お父様は小さく笑うと、「ウィレミナは、ナイジェルだけのものではないからね」と言ってわたくしの頭をまた撫でた。
「お前なんて、俺の隣でじゅうぶんなんだよ」
マッケンジー卿がナイジェルの頭をわしゃわしゃと乱暴にかき混ぜる。ナイジェルの頭髪はすぐにぐしゃぐしゃになってしまい、彼は鋭い視線をマッケンジー卿に向けてから、頬を少し膨らませながら手ぐしで髪を整えた。
マッケンジー卿の前では、ナイジェルは『氷の騎士様』ではなくふつうの少年らしい顔になる。その様子が微笑ましく思えて、自然に笑みが零れてしまった。わたくしに目をやったナイジェルは笑われたのが恥ずかしかったのか、頬を赤らめてから視線を逸らしてしまう。……笑ってしまって、悪かったかしら。
「その、お父様。王宮ではなにが……」
「それは着いたらわかるよ、ウィレミナ」
お父様に向けて疑問を発しようとすれば唇にそっと指を押し当てられ、言葉を封じられてしまう。お父様の様子はなんだかとても楽しそうで、わたくしは首を傾げた。
王家とガザード公爵家の仲がさらに密となることが嬉しいのかしら?
……いえ。それはしっくりこないわね。
エメリナ様との婚約、そして婚姻後。時期がくればナイジェルの身分はつまびらかにされるのだろう。
その瞬間に、この婚姻は『ガザード公爵家と王家の婚姻』ではなく、『王族同士の婚姻』へと早変わりする。ガザード公爵家にそれほどの利はないわよね。王弟のご子息を隠し守り続けたという部分を、賞賛されることはあるかもしれないけれど。
この婚姻で利を得るのは、どちらかと言えばご側室とそのご生家の方だ。
お父様とナイジェルは仲が悪いわけではないけれど、互いに一線を引いているように感じる。だからナイジェルの婚約を手放しに喜んでいる……というのも違う気がする。
では、どうしてこんなに嬉しそうなの?
この婚約が、王妃様の生家であるデュメリ公爵家への対抗するための手札にでもなるのかしら。
デュメリ公爵家はガザード公爵家と同じ三大公爵家で……政治的な考え方はどちらかというと強硬派だ。王妃様のご生家だということもあり王宮での発言権も強く、穏健派のお父様とはよく衝突している。
……デュメリ公爵家への対抗手段というのは、あり得る話ではあるわね。
お父様は明確にご側室側につくことを決めたのかもしれない。
後から思えば的はずれだった考えを巡らせているうちに、馬車は王宮へと近づいていく。
ちらりと盗み見たナイジェルの表情は……なぜか強い緊張を孕むものだった。




