浮かれる義弟とその課題5(ナイジェル視点)
「まぁ、そうだね。そして……こちらに『相談』をしてきたわけだ」
それは『相談』だったのか、膝をついての『懇願』だったのか。
内面の黒さを滲ませながら笑うガザード公爵を見つめながら、そんなことを考えてしまう。
「……結局、どんなふうに話は落ち着いたのですか」
「未来に王妃様がなにをしようとも、デュメリ公爵は尻拭いをしないとの確約を取りつけた。その代わり、王妃様がなにかをした際に……デュメリ公爵家は関わっていないという証言をこちらがすることになったよ。最悪に転んでも一家全員処刑……なんてことにはならずに、家の取り潰しで済むんじゃないかな。今頃あの狸は、自分が一生不自由なく過ごせる程度の財産を必死に隠しているところだろうね」
デュメリ公爵は娘を捨てて完全なる自己保身に走ったわけか。
そして……ガザード公爵の長年の政敵は表舞台から姿を消すのだ。
「これで、王妃様の守りはがら空き。お可哀想ね」
エメリナ様はそう言うと、楽しそうに声を立てて笑う。
しかし、その表情がふっと曇った。
「……お兄様のことだけが、気がかりだわ。彼はなにも悪くないもの」
エメリナ様が『お兄様』と呼ぶのは、第一王子であるエヴラール殿下しかいない。
なにも悪くない……か。
ある意味では彼がすべての元凶とも言えるのだが、それを言うのは酷であろう。個人の努力ではどうにもならない状況が存在することは……私自身もよく知っている。
「どんなことになったとしても、エヴラール殿下が最期まで安らかに過ごせますよう。でき得る限りのことをするとお約束いたします」
ガザード公爵はそう言うと、エメリナ様に優しい笑みを向ける。エメリナ様は安堵したように微笑み、頷き返した。
「頼んだわ、ガザード公爵。お兄様は、とても優しくて賢い方なの」
「はい。それは存じております」
私は、エヴラール殿下と会ったことがない。
しかしこのひねくれた二人がここまで手放しに褒めるのだから、きっといい方なのだろう。
――彼が、健康でさえあれば。
王妃様は心健やかにあられ、第二王子殿下が命の危機に晒されることは……少なくとも今の状況よりはなかったのだろう。
しかし、彼が病弱の身であったからこそ。ガザード公爵は必死に私を探し、私は姉様と出会うことができたのだ。それはなんとも皮肉な話である。
ガザード公爵が迎えに来なければ。
私は野垂れ死んだか、盗みや身売りなどの人には言えないことをして生き延びることになっていたのだろう。
……今さらながら、公爵には感謝をしないといけないな。
「まぁ、そういうことだから。あとは罠を張るだけなのよ。この際だから、大きな餌をぶら下げましょう?」
エメリナ様はそう言うと、悪辣な顔で悪女のように笑った。




