わたくしと義弟の思い出11
「ウィレミナ嬢」
声をかけられそちらを見ると、メイエ侯爵家のテランス様が軽く手を振りながら立っていた。彼は同い年の金髪碧眼の美男子で……わたくしの婚約者候補筆頭である。
筆頭、というだけでまだ確定ではないのだけれど。国の要である三大公の婚姻は、慎重に時間をかけて進められるものだ。情勢が変化すれば、また別の婚約者候補が筆頭に上がってくるだろう。
ガザード公爵家の後継に関しては、入り婿を取るという形を今は予定しているけれど……。ナイジェルを後継者に、なんて話が出る可能性もあるわね。『不義の子』だとは言っても、ナイジェルは非常に優秀な子だから。
その場合、わたくしは他家に嫁ぐのだろう。
……ナイジェルの存在によって、自分の将来設計が変わることに不満はないわ。
私もテランス様も、そしてナイジェルも。ショーケースに並べられた商品に過ぎないのだ。そこに自身の感情が介在する隙なんてものはない。
とにかく。『今はまだ』将来的に繋がる可能性がある、メイエ侯爵家のご子息だ。きちんとした対応を心がけないとならないわね。
「お久しぶりです、テランス様」
にこりと微笑んで淑女の礼をすると、テランス様も微笑みを返す。そしてわたくしの手を取ると、そっと甲に口づけた。
……いつ接しても、洗練された動作ね。そつがないわ。
テランス様は女性に非常におモテになる。人当たりがいい美男子で会話も軽妙、そして侯爵家のご子息なのだ。わたくしとの婚約も確定ではないのだし、モテない方がおかしいわね。ここに来るまでにもあちこちで女性たちに捕まっていたらしく、いろいろな香水の匂いが入り混じりながら彼から漂っていた。
彼の責任ではないのだけれど……鼻が曲がりそう。
わたくしが小さく眉間に皺を寄せると、テランス様はそのわずかな表情の変化にもすぐに気づき少し困ったように笑った。
「ごめんね。愛しい君のところに来る前に、可愛らしい蝶たちに捕まってしまって」
そう囁かれ、また手の甲に口づけされる。そして眉尻を下げて、はにかんだ笑みを向けられた。その表情は子犬のように愛らしい。他の令嬢たちが、彼にコロリといくのもわかるわね。
だけど正直に言うと……テランス様はわたくしの好みではない。
わたくしはいかにも貴公子という方よりも、洗練された騎士のような……自身を厳しく律している方を好ましいと思ってしまうのだ。そういう方と結ばれる可能性は低いのは、ちゃんとわかっているわよ。
今の王宮近衛騎士団の団長様なんて素敵よね。御年、五十歳だけれど。妻に先立たれて現在独身の彼の後妻に入る妄想を、時々してしまうのは内緒だ。妄想くらいは自由よね。
「テランス様は大輪の花ですもの。それは仕方がないことですわ」
わたくしはそう言って笑うと、握られた手をそっと引き抜いた。その手はすぐに別の手に握られ……手の甲を何度も布で擦られる。そんなに擦られると痛いんだけど! なにをするの!
「ナイジェル、痛いわ」
下品にならないよう、小声で抗議をする。
すると犯人であるナイジェルは、いつもの無表情でわたくしを見つめた。申し訳ないという顔くらい、すればいいのに!
「ごめんなさい、姉様。汚れがついていたから」
ナイジェルはさらりと言うと、擦られすぎて赤くなった手の甲にそっと口づけを落とす。汚れ? さっき食べたケーキのクリームでもついていたのかしら。
「……姉様、その方を紹介して?」
少し甘えるような口調で言われて、わたくしは苦笑した。テランス様は『覚えるべき』方だと事前に教えていたのに。この子にもうっかりがあるのね。
「そうか、君が噂の……」
テランス様は小さく呟く。
ナイジェルはそんな彼に、いつになく鋭い視線を向けた。
姉様には一応の婚約者候補がいるのです(ㆁωㆁ*)




