表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/128

嵐の前の静けさ6

「姉様、紅茶のご用意ができました。……美味しく淹れられているといいのですけど」


 ナイジェルは銀の盆に載せた二つのカップに視線を落とすと、不安げな顔をする。

 そんな彼を安心させるように、わたくしは微笑んでみせた。


「ふふ、きっと美味しいわ」


 苦い紅茶でも、薄い紅茶でも。ナイジェルが淹れるものなら絶対に美味しくいただける。そんな自信があるわ。

 ……だって、好意を持つ人が手ずから淹れてくれたものなのだもの。

 どんなものでも美味しいに決まってる。


「さ、ナイジェルも一緒に飲みましょう」

「はい、姉様」


 声をかければ、ナイジェルが嬉しそうに笑う。彼はローテーブルの上に紅茶と茶菓子を置くと、わたくしの隣に腰を下ろした。……その距離はいつもながらに近い。肩がぴったりとくっついてしまっており、適切な男女の距離だとは口が裂けても言えない。

 わたくしの隣にある、ナイジェルの優しい体温。それを感じると……胸に愛おしさがこみ上げた。


「……近いわね」


 だけどわたくしの口から出たのは『愛おしい』ではなく、そんな言葉だった。


「そんなことはありませんよ」


 ナイジェルは飄々と言うと紅茶を口にする。そして「……少し苦いな」と眉間に小さく皺を寄せてつぶやいた。

 わたくしもカップを手に取る。すると隣から、不安げな視線が突き刺さった。その視線を受けながら紅茶に口をつけると、たしかに少しだけ濃いものだ。


「少し濃いけれど、美味しいわよ。砂糖菓子にもよく合うし」

「本当ですか?」

「ええ。それに、大事なお前が淹れてくれたものですもの。美味しいに決まっているでしょう?」

「姉様……!」


 ナイジェルは驚いたように言うとこちらを凝視する。その様子に、わたくしは首を傾げた。


「どうしたの?」

「いえ、その。嬉しいお言葉をくださるなと……」

「エメリナ様の婚約者になるだろうお前とは、いつまで一緒にいられるかわからないもの。だったら、言葉は惜しまない方がいいと思ったのよ」


 エメリナ様との婚約が本決まりになれば、ナイジェルは……わたくしの護衛からは外されるに違いない。先の未来に『本当の身分』を明かすことを想定すると、わたくしという『血の繋がらない異性』とはできるだけ引き離したいだろう。

 そして、今のようには会えなくなるでしょうね。

 ナイジェルが……騎士学校へと行ってからのように。

 ナイジェルに謝ることができなかった数年間はとてもつらかった。言いたい言葉は、『今』伝えないと後悔する。

 大きな手がわたくしの手に触れ、ぎゅっと握られた。

 綺麗だけれど傷の多い……ナイジェルの手だ。

 視線を向けると、美しい青の瞳が真剣な色を帯びてこちらを見つめている。それを見つめ返すと、ナイジェルはわずかに唇を震わせてから言葉を発した。


「姉様。僕……いや、私は。姉様とずっと一緒にいます」


 まっすぐに見つめられてそう言われ、なんだか泣きたい気持ちになる。


「わたくしも。その。一緒にいたいと思っているわよ、ナイジェル」

「……本当に?」


 正直な言葉を紡げば、ナイジェルの表情に喜色が滲む。なんともわかりやすい義弟を見ていると、嬉しくてふわりと口元が緩んだ。


「わたくしが、お前に嘘を言ったことがある?」

「いいえ、ありません」


 問えば、慌てて首を横に振られる。そんな彼に微笑み、わたくしはまた口を開いた。


「ナイジェル。わたくしは……『ずっと一緒にいられる』というお前の言葉を、信じればいいのかしら」


 彼が言い聞かせるその未来を……浅ましく信じてもいいのだろうか。


「ええ、信じてください」


 ナイジェルはきっぱりと言い切ると、わたくしを強く抱きしめる。

 その優しい温もりに、わたくしは頬を擦り寄せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ