嵐の前の静けさ5
長椅子に義弟を座らせ、その後ろに回り込む。受け取ったタオルで頭を包み込み水気を取るように押しつけると、ナイジェルから気持ちよさげな吐息が零れた。
「ふふ。気持ちいいの?」
「……はい、とても」
「それはよかったわ」
しばらくの間沈黙が落ち、しかしそれは気詰まりなものではない。
しっとりと濡れた銀色の髪が、部屋の灯りに照らされて煌めく。それはまるで芸術品のようで、わたくしはつい見惚れてしまった。
ナイジェルの世話を焼くのは楽しい。……きっと、昔からそうだったのだろう。『不義の子』に対する感情が先立ってしまい、わたくし自身それに気づいていなかったけれど。
「姉様」
髪の水気を概ね拭い終わった頃に、ナイジェルが再び口を開いた。
「なに? ナイジェル」
「……泣かせてしまい、申し訳ありません」
気落ちした声音で謝罪され、わたくしは目を瞠った。改めてそう言われると、泣いてしまったことが恥ずかしく感じてしまうわね。
「それはお互い様じゃない。わたくしも泣かせてごめんなさいね、ナイジェル」
「その、その節に関しては。……お恥ずかしいところを」
ちらりとこちらを見るナイジェルの顔は、耳まで赤い。それが可愛らしいと思ってしまい指先で耳をつつくと、ナイジェルの体がびくりと跳ねた。
「姉様、くすぐったいです」
「あら、ナイジェルはお耳が弱いのね」
耳にふっと息を吹きかければ、ナイジェルはまたびくんと体を震わせる。
――この可愛いお耳を食んだりしたら、どんな反応をするのかしら。
一瞬そんな悪戯なことを考えてしまったけれど、淑女なのでもちろんしない。
その代わり、さらに指先で耳裏をくすぐった。
「ね、姉様!」
「ふふ、ごめんなさいね。つい楽しくなってしまって」
じとりと涙目を向けられ、楽しい義弟いじめを中止する。するとナイジェルは、安堵したようにほっと息を吐いた。
「……そんな可愛らしいことをされると、また泣かせるようなことをしたくなる」
ぼそりとなにかをつぶやかれ、だけどそれは上手に聞き取れず。首を傾げるわたくしに、ナイジェルはなぜか苦笑を向けた。
「紅茶をご希望でしたよね、姉様」
「ええ、そうよ。とびきり美味しいものを淹れてちょうだい?」
「はい、善処します」
備えつけの小さなキッチンへと向かう義弟を見送った後に、長椅子へ腰を下ろす。
カチャカチャと茶器が立てる音が夜の静寂に響き、それが耳に心地いい。
――この幸せな時間は、いつまで続くのかしら。
ナイジェルが側にいて……当たり前のようにわがままを言ったり、笑い合ったりする。
この時間が当たり前ではなくなる日が、いずれやってくるのね。




