嵐の前の静けさ4
『女性として愛しているから』、それを信じてほしい……とか。
そんなふうに理由を告げられてなら、信じることに躊躇いを覚えないのに。
……希望的な観測すぎる『理由』を考えてしまう自分が、恥ずかしいわね。
なんと言っていいものかと困ってしまい眉尻を下げていると、義弟も眉尻を下げた。
「……姉様」
「ナイジェル。わたくしは、なにを信じればいいの? それがわからないと、信じようもないわ」
「それは……今は言えないです」
ナイジェルはそう言うと、縋るような目でこちらを見つめる。わたくしはそっと手を伸ばすと――
「言えないことを信じろと? 困った子ね」
怖い顔をしながらそう言って、義弟の頬をぎゅっと抓り上げた。するとナイジェルの情けなく下がった眉が、さらに下がっていく。
「申し訳、ありません」
謝罪しながらも、ナイジェルのわたくしの腰を抱く腕にはさらに力がこもる。まるで、逃さないとでも言うように。……正直痛いのだけれど、これはどうしたものかしらね。
「……ナイジェル、この手を離して」
「姉様。嫌です」
義弟の瞳に、再び涙が溜まっていく。そしてふるふると頭が横に振られた。……本当に、駄々っ子なのだから。
「手を離してお風呂に入ってきなさい。それからお前が紅茶を淹れるの。そうしてくれたら、機嫌を直してあげるから」
「機嫌を? ……本当に?」
「ええ。紅茶はちゃんと美味しく淹れなさい。それと、先日エイリンが買ってくれた砂糖菓子も用意するのよ」
「本当にそれで……」
「機嫌を直すし、貴方を嫌うこともないわ。ほら、早く行きなさい。……お前の帰宅に合わせてお湯を用意してもらったから、もう冷めているでしょうけど。寮の使用人に頼んで、お湯を張り直す?」
「いいえ、冷めていても大丈夫です!」
『嫌うこともない』が効いたのだろう。ナイジェルはわたくしの腰から手を離すと、自分の部屋へと慌てて駆け込んでいく。そして風呂用のあれこれ一式を手にして、風呂場へ飛び込んでいった。
そんなナイジェルを見送った後に、わたくしは小さく伸びをする。義弟に抱きしめられっ放しだったせいで、体が固まってしまったのだ。
「……信じる、か」
マッケンジー卿や、ナイジェルからの『信じろ』という言葉。
それをわたくしの都合のいい方向に……解釈し、信じてもいいのだろうか。果たしてそれが正解なのかしら。
『家族として信頼しろ』というのが正解で、勝手に妙な期待をして、のちのち大きな落胆をしたり……ということもある得るわよね。
「なかなか難しいわね」
結局わたくしが信じたいのは、自分に都合がいい未来だけなのだ。
それは……ナイジェルを信じていないことと、同義なのではないかしら。なんとも情けない話だと、忸怩たる思いになる。
「姉様、上がりました」
もう風呂から上がったらしいナイジェルに声をかけられ、わたくしは目を丸くした。
「……十分も経っていないじゃないの」
「い、急いで入ってきたので」
そう言う義弟の髪はびしょびしょで、水滴が部屋着や床をたっぷりと濡らしている。
「……姉様」
そんな姿で救いを求めるような目で見つめられると、雨に濡れた捨て犬を見ているようでなんだかおかしくなってしまう。
――疑いようもないくらいに、好かれてはいるのよね。
それが『恋愛』なのか『家族の情』なのかは、わからないにしても。
「ナイジェル、タオルを持ってらっしゃい。びしょ濡れじゃないの」
「で、ですが。次は紅茶を」
「そんな格好だと、紅茶を淹れているうちに風邪をひいてしまうわ。ほら、拭いてあげるから」
「姉様が、拭いて……」
つぶやいた次の瞬間には、ナイジェルは自室へと駆け出していく。
タオルを数枚抱えて戻ってきた義弟の目はキラキラと輝き期待に満ちていて、それを見たわたくしはついくすくすと笑ってしまった。




