嵐の前の静けさ2
「姉様は妬いたりは、しないのですか?」
「……え?」
「エメリナ様と私が……その。親しくしていても」
苦しげな口調でそう問われ、わたくしは息を詰まらせた。
妬いていないかと問われれば、当然『妬いている』。
だってわたくしは、ナイジェルに恋をしているのだから。
パーティーで――そしてこれからの未来をナイジェルの隣で過ごせるエメリナ様が、羨ましくて仕方がない。
他の女性の手を取るために出かける義弟を見送るのは、いつだって苦しい。胸の奥が焦げつき、衝動的になにかに当たり散らしそうになる。それをしないのは、『ガザード公爵家の娘』としての矜持があるからだ。
それに……駄々をこねたところで。家同士の結びつきである婚姻は――恋愛感情などでは覆しようがないことなのだ。
それならば、『姉』として義弟の幸せを願った方が建設的だと。皆のためにも自分のためにもそれが一番だと。
そしていずれ……この気持を忘れられるのだと。
そう、思い込もうとしているのに。
――どうしてこの子は、心を乱すようなことを言うのかしら。
恨めしげな色を灯してしまう瞳を向ければ、切なげな瞳で見つめ返され頬を大きな手で包まれる。
恥ずかしいのに目が逸らせずに……わたくしはナイジェルと見つめ合うままになってしまった。
ナイジェルの美しい顔がこちらへと近づいてくる。そして――唇のすぐ側に、柔らかな感触が落ちた。
「ナイ、ジェル」
囁かれれば、吐息が肌にふわりと当たる。義弟の顔が再び近づき、今度は額同士をすり合わされた。危うさを感じる接触に、心臓がどくどくと大きな音を立てる。
十数年も昔に、王弟殿下が愛する人と駆け落ちをしたという話をふと思い出す。
今でも……社交界では語り草になっている話だ。
『愛する人の手を取って駆け落ちなんて、とても素敵ですわね』
その話をする令嬢たちは、皆揃ってそう口にする。
昔のわたくしはそれを聞いて『恋にかまけて王族としての義務の放棄をすることの、どこか美談なのかしら』と内心眉を顰めていた。
だけど今は……『愛している』と手を引かれた男爵令嬢のことが羨ましいと素直に思える。
――ナイジェルがこのようなことをする『理由』が、王弟殿下と同じものなら。
――そして、わたくしの手を引いてくれるなら。
わたくしは、男爵令嬢と同じ選択をしてしまうのかもしれない。
そんなことを考えて……わたくしは内心首を横に振った。
テランス様の誠意。今まで育ててくれたお父様のお気持ち。そして、ガザード公爵家の娘としての義務。それらを放り出すことは、わたくしには難しいだろう。
「姉様……お嫌でしたか?」
「嫌だとか、嫌じゃないとかの問題ではなくて――」
「嫌と言ってくださらなければ、今度は唇を奪います」
「ど、どうしてよ! もう、おかしなことばかりを言って……!」
頭の奥が昂ぶった感情で熱くなり、鼻の奥がつんと痛くなる。涙が瞳にせり上がり、それは頬をぼたぼたと伝い流れていった。




