エメリナとその母(エメリナ視点)
「本当になんなのあの男は! あれは役に立たなすぎるわ!」
王宮へと戻り、お母様の部屋へと入るやいなや。そう叫んだわたくしに、マッケンジーとお母様がダメな子供に向ける……恐らく愛情含みの微苦笑を向けた。
「まぁ、あれはウィレミナ嬢に夢中ですからな。エメリナ様との恋の演技をしろというのが、最初から無理な話で……。人選ミスと言いたいところですが、あれしか人材がいませんからなぁ」
「あら、マッケンジー卿。エメリナにもっと経験があれば、どうとでもなったはずよ。エメリナ、経験を積んで次はもっと上手に転がしなさいな」
マッケンジーは頭を掻きながらそう言い、お母様は辛辣なことを言いながらコロコロと楽しそうに笑う。
策謀、手管、演技……直情的な私はそんなものをやることに向いていない。頑張って取り繕ってはいるけれど、お母様と比べれば役者が何枚も下がってしまう。
――私は、お母様や王妃様のような女傑じゃないもの。
そんなことを考えながら、お母様に恨みがましげな半眼を向けてしまう。
お母様は私の視線を受け止め、絶世の美貌におっとりとした笑みを浮かべた。
……命を狙われているというのに、本当に豪胆というか。お母様は、いつでも動じることがない。
「……疲れたわ」
歩み寄り、ため息をつきながらお母様に抱きつく。すると『お疲れ様』というように、嫋やかな手が頭を何度も撫でてくれた。お母様のお腹は大きく張っていて、その感触は子が無事に育っていることを感じさせる。
「お腹……本当に大きくなったわね」
毎日見ているのに、見るたびにそんな感慨を覚えてしまう。お腹を撫でると、お母様は少しくすぐったそうに笑った。
「ふふ。陛下に似てとても元気で。よくお腹を蹴るのよ」
「可愛いわね。……絶対に守らないと」
「エメリナ。気持ちはありがたいけれど、気負いすぎはダメ。貴女も私の大切な子供なのだから、無理はしてほしくないの」
「わかっているわ。ありがとう、お母様。私がいない間、なにもなかった?」
「ええ。マッケンジー卿がずっといてくださったから」
「そう……よかったわ」
――マッケンジーと二人きりなんて羨ましい。
お母様になにもなかったという安堵とともに、そんな見当違いな嫉妬の気持ちがむくむくと胸中に湧く。
今頃、ナイジェルはウィレミナ嬢の『補給』をしているのだろう。
今夜はあのお馬鹿の操縦を頑張ったのだから、私もマッケンジーを少しばかり『補給』させてもらってもいいのではないかしら。
「マッケンジー……」
「それでは、俺は部屋の外で警護をしておりますので。親子水入らずでのんびりとしてください」
「マッケンジー! お待ちなさい!」
なにかを察知したのだろう。マッケンジーは私の制止を聞かずに、扉の向こうへと消えてしまう。
頬を膨らませる私の頭を撫でながら、お母様はくすくすと笑った。
「エメリナ。あれは経験を積んでも難しいわよ。彼が何年の間、死んだ妻に操を立てていると思っているの」
「わかってる。わかっているけど……マッケンジーじゃないと嫌なんですもの」
――初恋なのだ。一生を賭けてもいいと思っている、そんな初恋だ。
「ナイジェルとの婚約の噂だなんて泥を被っているのだから、なにかご褒美があってもいいと思うのだけれど」
「ふふ。彼との婚約の噂を『泥』だなんて言う女性は、エメリナくらいかもしれないわね」
「近くにいれば、どんなにあれに恋い焦がれている令嬢でも嫌になると思うわよ。ナイジェルは、ウィレミナ嬢にしか興味がないんですもの」
あれは……恋慕を通り越してもはや執着だ。
ナイジェルが妙な暴走をする前に、すべてに片をつけられるといいのだけれど。
「……ナイジェル様とエメリナは、似ているわよね」
そんなお母様の言葉は、私は都合よく聞き流すことにした。




