義姉と義弟はパーティーに行く16
「姉様!」
どこか悲痛な声音とともに、体が後ろに引きずられる。そして温かな腕の中に閉じ込められた。ガザード公爵家の娘を『姉』と呼び、こんな無礼を働くのは……一人しかいないわよね。
まったく、先ほどといいこの子ったら。呆れてため息をついている間にも、わたくしを掻き抱く腕の力はどんどん強くなる。子供をあやすようにぽんぽんと腕を叩いてあげると、その力はふっと弱まった。
「……ナイジェル、なにをしているの。ダンスの邪魔をするなんて、マナーがなっていなくてよ」
「姉様。お加減が優れないように見えるので、もう帰った方がいいと思います。ええ、今すぐ帰りましょう」
「なにを言っているの、お前は。わたくしはいつも通りよ」
くるりと振り向くと、眉尻を下げた義弟の姿が目に入る。
青の瞳で見つめられ、手を伸ばせば甘えるように白い頬をすりすりと擦り寄せられた。
……猫かなにかなのかしら、この義弟は。少し可愛いらしいと思ってしまうじゃないの。
ナイジェルの顔色は蒼白で、彼の方が倒れそうに見える。一体、どうしたのかしら。
「お前こそ顔色が悪いわ。もしかして気分が悪いの?」
「はい」
きっぱりと言われて義弟の様子を観察すると、少し足を引きずっているような気がする。
ナイジェルは騎士だ。ダンスで足を痛めるはずがないし、本当に気分が悪いのね。
とはいえ、今夜はナイジェルにとって王族の姫君のパートナーを務める大事なパーティーなのだし……
いくら体調が悪いといっても、ナイジェルの都合で帰っていいわけがない。
「姉様、帰りましょう」
「ナイジェル。パーティーはまだ途中よ?」
「パーティーの主賓には、もうご挨拶は済ませましたよね。私とエメリナ様も、きちんとご挨拶は済ませましたので……帰っても平気です」
「ナイジェル、寮に帰ったらいくらでも看病をしてあげるから。もう少しだけ頑張りなさい」
エメリナ様が『よい』と言うまで、そして彼女を送り届けるまでは頑張ってほしい。
それが、貴族の責務であり礼儀だ。
「……姉様の、看病」
ナイジェルは小さくつぶやいたあとに、頬を淡い赤に染めて笑う。
そんな彼を見て、令嬢たちが見惚れながら吐息を零す。
……義弟の容姿は、極上だものね。中身はこんな甘えっ子だけれど。
「……胃に優しいものが食べたいです」
「では、すりおろしの林檎を用意しましょう」
「姉様が……食べさせてくれますか?」
「いいわよ、食べさせてあげる」
「ミルクたっぷりの紅茶もほしいです」
「しょうがと砂糖も、たくさん入れましょうか」
「甘いお菓子もほしいです」
「ふふ、困った子。では、エイリンにクッキーでも用意させましょうね。ほら、エメリナ様のところにいってらっしゃい」
「……はい、わかりました」
ナイジェルは、義弟のこんな呆れた様子を見ても穏やかな微笑を浮かべているエメリナ様のところへ向かおうとしたけれど……。振り返り、テランス様へと歩み寄った。
「――テランス様」
「なにかな?」
「テランス様と姉様は、まだ『婚約者候補』。距離が近すぎますので、自重してください」
「貴方が言えることなのかな?」
「私は、いいんです。姉様の身内ですので」
「……身内、ね」
テランス様は意味深な口調で言うと、皮肉げに唇の端を上げる。
そんなテランス様に鋭い視線を向けながら、ナイジェルは不快そうに眉間に皺を寄せた。




