義姉と義弟はパーティーに行く15
主催であるモレナール公爵に挨拶と祝いを述べてから、わたくしとテランス様はすでにたくさんの人々が踊っているフロアへと足を踏み入れた。テランス様の表情は明るいもので、彼の機嫌のよさを感じさせる。
「今夜はご機嫌ですね。テランス様」
「ウィレミナ嬢と一緒に楽しい夜を過ごしているのだから、機嫌がよくて当たり前だと思うのだけれど」
甘い声で囁かれ、ぐいと腰を引き寄せられる。そして、軽やかな動きで体をくるりと回された。テランス様とは何度か、パーティーに出たことがあるけれど……。彼はいつでも、女性を引き立てる巧みなリードでダンスを踊る。
――女性を幸せな夢の中へと導くダンス。
テランス様のダンスは、社交界で女性たちにそう評されていた。今夜の『幸運』なお相手であるわたくしには、令嬢たちの羨望の目が向けられている。
「ウィレミナ嬢は、私に好かれているという自覚が足りないな」
いつも通りの華麗なステップを披露しながら、テランス様が耳に囁く。唐突に囁かれた熱情を込めた言葉に、頬が熱を持った。
「か、からかわないでくださいませ」
「からかってなんかいないよ。私はいつでも本気だから」
整った顔に甘やかな笑みが浮かぶ。そして額に、優しい口づけが落とされた。
ふだんは節度をもって手の甲ばかりに落とされるそれが、別の場所へと落とされる。
今夜のテランス様の行動からは、一歩踏み込む明確な意思が感じられ……それが少しだけ怖いと思ってしまう。
「将来の婚姻という話に関しては、その。両家の話がまとまりましたら、もちろんお受けいたしますけれど。……わたくしの気持ちという部分では、お応えすることが難しくて」
『婚姻』は、公爵家の娘であるわたくしの義務だ。だから命じられれば、きちんと頷ける。
けれど……『気持ち』を渡せと言われると、少なくとも今のわたくしには頷けない。
「それは貴女が――あの方に恋をしているからかな」
テランス様は……なんでもお見通しね。
そつなく微笑んでみせたつもりだったけれど、きっと歪んだ笑みになっているのだろう。テランス様はわたくしに、痛ましいものを見る目を向けた。
「……浅ましいと、笑ってくださいませ」
ずっと一緒にいた『義弟』にこんな気持を持ってしまったわたくしを……笑いたいなら笑うといい。
眉尻を下げるわたくしの頬に、テランス様の手がふれる。そして額にまた優しい口づけをされた。
「そんなことは思わないよ。貴女の気持ちを向けられる彼が羨ましいな」
「……テランス様」
「今までだってずいぶんと待ったんだ。私は案外気が長いからね。……貴女の気持ちに関しては、これからも待つつもりだよ。時勢が許す限りはね」
端整な美貌がゆっくりと近づいてくる。それにぼんやりと見惚れてしまったわたくしは、吐息が唇に触れそうになった時にようやく……テランス様がなにをしようとしているかに気づいた。
「そ、それはいけません!」
慌てて避ければ、唇は優しく頬に触れる。
「ふふ。惜しかったなぁ、残念」
テランス様は楽しそうに言うと、小さく笑い声を立てた。




