義姉と義弟はパーティーに行く14(ナイジェル視点)
「あの男、あんなに姉様と密着して……。姉様を任せろだと? 任せられるわけがないだろうが」
しばらく私たちと談笑した後に、寄り添いながら会場へと歩いていく姉様とテランス……様を見送りながら私は歯噛みした。そんな私に、エメリナ様が呆れを多量に含んだ視線を向ける。
「ナイジェル、気持ちは理解できない……こともないわ。だけど堪えて、仲睦まじい恋人同士に見えるようにちゃんと私とくっつきなさい。それと、その怖い顔もどうにかしなさいな」
エメリナ様は、大きな大きなため息をつく。私は恨みがましげな目を……エメリナ様に向けてしまった。
「……絶対に、姉様に誤解されている」
周囲に『誤解』されるために、こんな茶番をしているのだ。むしろ、誤解はされなければならない。それはわかっているのだ。しかし――
『大好きよ』
『姉』の顔で、苦しそうに笑って言う姉様を見た瞬間。取り返しのつかないことをしているのだと……そんな後悔が胸に深く刻まれた。
姉様の中に生まれていたかもしれない――『男』の私への気持ち。
それを自ら摘み取ることになっていたらと思うと、死にたい心地になる。……死んで、しまいたいな。
「姉様……」
「ああもう、湿っぽい男ね! とにかく。『役目』を忘れるのではなくてよ、いいわね」
「こんな茶番はもうやめたいです。今すぐ姉様にだけでも、これは演技だと……いだっ!」
エメリナ様が、尖った靴の踵で勢いよく私の足を踏みつける。ビリビリと背筋を抜けるような痛みが体を駆け抜け、私は涙目になった。生地の分厚い革靴でなければ、穴が空いていたかもしれない。
「ワガママばかり言うんじゃないの、この馬鹿! お馬鹿!」
エメリナ様は小声で私を詰りながらも、表面上は絶えずおっとりとした笑みを浮かべている。なんとも器用というか、演者というか。直情的なエメリナ様が無理をしていらっしゃるのが、こめかみに立った青筋から理解できてそれが恐ろしい。
私は痛みを逃すために何度も深呼吸をしてから……口の端を無理やり上げた。きちんと笑顔に見えているといいのだが。
「これは、貴方が自由になるため必要なこと。それはきちんと理解していて?」
「…………わかっています」
「とにかく、お母様とお腹の子から王妃様の気を逸らさないと。昨日もあんなことがあったばかりだし」
エメリナ様はそう言うと、焦りが滲む表情で唇を噛みしめた。
――昨日、昼のことだ。
ご側室が……『自室』にいる時に暗殺者に襲われた。
暗殺者たちはマッケンジー卿が危なげなく撃退したが、宮中での白昼堂々の暗殺劇は『相手』から余裕が失われつつあることをまざまざと感じさせた。
「ほら、いつの間にか距離ができているわ。腕を貸しなさい」
「……わかりました」
急かすように言われ、渋々腕を差し出す。するとエメリナ様は清楚な所作で、私の腕に腕を絡めた。
「まったく。男性にこんなにも嫌がられるなんて、はじめてよ」
「マッケンジー卿にも……」
「うるさいわね。また踏まれたい?」
「……行きましょうか」
恋人のように寄り添いながら、会場へと足を進める。
――地獄だな。
そんなことを思いながらこっそりと息を吐く私に、エメリナ様からの鋭い視線が飛んだ。




