義姉と義弟はパーティーに行く13
「ナイジェル。少し目眩がしただけだから、もう平気よ」
周囲に聞こえるような声量で言いながら、ナイジェルの逞しい胸をぽんぽんと叩く。すると彼は、その綺麗な青の瞳を大きく瞠った。安心させるように微笑んでみせれば、ナイジェルの表情が少しだけ緩む。
そんな微細な変化が愛おしいと……心からそう感じた。
「こんなふうに駆けつけてくれる優しい弟がいて、わたくしは幸せ者ね。だけど……大事な人のところへ行きなさい」
「……姉様?」
「心配してくれてありがとう。大好きよ、ナイジェル」
『義姉』としても『女』としても。義弟へ言葉で好意を伝えたことはなかったように思う。はじめて口にしたその言葉は、するりと夜の空気に消えていった。
『大好き』という言葉を耳にした瞬間。ナイジェルはまるで子供みたいな……今にも泣きそうな顔になる。
……おかしいわね。そんな顔をさせるつもりなんてなかったのに。
滑らかな頬をひと撫でしてから、胸を押してそっとナイジェルから離れる。そしてテランス様の側に再び立とうとしたわたくしの手首を、どこか必死な所作でナイジェルが掴んだ。
「……ナイジェル?」
「姉様、私は――。私は、姉様だけを」
「ナイジェル。お義姉様の体調は大丈夫?」
ナイジェルの言葉を遮るようにして、美しい……しかし有無を言わせぬ雰囲気を持つ声がその場に響いた。
わたくしとテランス様はその場で臣下の礼を取る。ナイジェルはわたくしの手首を離し、その人物と向き合ったようだった。
「お義姉様、テランス様。お顔を上げてくれないかしら?」
――お義姉様。
念を込めるように使われる、その単語の意味を噛みしめる。
わたくしは顔を上げると、将来義妹になるのだろうその人に微笑んでみせた。
「エメリナ様。先日ぶりですね」
「そうね。お元気そう……と言ってもいいのかしら?」
小鳥のように愛らしく、細い首を傾げられる。
近くで見るエメリナ様は……本当に美しい。
肌は白磁のように美しく、血管まで透けてしまうのではという錯覚が起きそうになるくらいの透明感だ。体つきはどこも華奢で、彼女を目にして『守りたい』という欲を抱かない男性はいないのではないのだろうか。
その顔立ちは妖精のように愛らしく、流れる黒髪は夜の闇の色より深い色だ。
こちらを見つめる真紅の瞳は、彼女のモノクロームな色彩に艶やかな彩りを添えていた。
今日のエメリナ様は銀色のドレスを身に着けており、それはナイジェルの色に合わせたものなのだろうということに思い至る。その途端に胸がずきりと痛むのだから、恋心というものは実に厄介だ。
「先ほどは少し立ちくらみがしただけなので。ご心配をおかけして申し訳ありません」
「そう……平気ならよかったわ。ナイジェルがあんなに血相を変えるものだから、本当に驚いたのよ」
エメリナ様はそう言うとコロコロと笑い、ナイジェルの腕に腕を絡める。ナイジェルは少しだけ微妙な顔をしたけれど、エメリナ様からされるがままだった。
寄り添う二人を見ていられず……思わず目を伏せてしまう。
「殿下、ナイジェル様。ウィレミナ嬢のことは、私に任せてください」
そんなわたくしの肩を、テランス様がそう言って優しく抱いた。




