義姉と義弟はパーティーに行く10
「ナイジェル様は、エメリナ王女殿下とパーティーに参加するんだよね」
「ええ……そうです」
……忘れたいと思っていたのに。
嫌なことを思い出させてくれるものだと、テランス様につい恨めしげな視線を向けてしまう。
これはわたくしの問題で、テランス様には咎はないのだ。それは……わかっているのに。
「先の婚約を見越しているのかな。ようやく彼の姉べったりも落ち着くかもね」
「……そう、ですね」
「ナイジェル様の姉べったりが落ち着けば、ウィレミナ嬢を口説きやすくなるな」
「……!」
わたくしは男性慣れをしているわけではない。テランス様に対する気持ちはどうであれ、直接的なことばかり言われれば顔は自然に真っ赤になる。そんなわたくしを見て、テランス様は口元を緩めた。
「もう! からかうことばかりおっしゃって……!」
「からかってなんかいないよ。どんどん口説くから、覚悟していてほしい」
「――ッ!」
堂々とそんな宣言をされても、困ってしまうわ。
落ち着かない気持ちで扇子を手の内で弄んでいると、楽しそうに軽やかな笑い声を立てられた。
「私を好きになってね、ウィレミナ嬢」
「そ、そんなことを言われましても……!」
「隣に座っても?」
「だめです! 節度は持ってくださいませ!」
こんな狭い空間で、隣で口説かれるなんて耐えられない。
キッと睨めば、軽く肩を竦められる。恋愛に関しては……彼の方が何枚も上手だ。
テランス様にペースを乱されてしまっているわね。なんとか気持ちを立て直さないと――
「ナイジェル様は、いつも隣に座っているよね?」
「あの子は、弟ですし……」
「だから甘えられると、つい言うことをきいてしまう?」
「……そう、ですね」
そう、ナイジェルは弟だ。
だから、隣にいることをいつだって許していた。
そして……あの子に恋をしていると気づいてからは、浅ましい気持ちで許している。
「――弟、ね」
テランス様は意味深な口調で言うと、窓の外に視線を向けた。
「彼がウィレミナ嬢の『なに』であれ……。私は貴女を諦めるつもりはないよ」
彼の言葉に、わたくしは呆気に取られた。
窓の外を見つめるテランス様の横顔はとても静かな……いつも通りのものだ。
――彼は、ナイジェルの『正体』に気づいている?
胸の奥に嫌なざわめきが生まれ、体中に広がっていく。
テランス様は呆然とするわたくしに目を向けると、口元にふっと笑みを浮かべた。
「ウィレミナ嬢は案外顔に出やすいね」
「あ……」
指摘され、慌てて表情を取り繕ってももう遅い。
テランス様も『推測』はしていても、『確信』はなかったのだろう。だけど……わたくしのせいで気づかれてしまった。
――なんでもないような顔をして、やり過ごさないとならなかったのに。
「心配しないで。彼がなんであれ、口外するつもりはないから。私はガザード公爵や王家を敵に回すつもりはないからね」
「なんの、ことでしょう」
「なんのことだろうね」
今さらながらの無駄な抵抗を口にするわたくしに、テランス様は優しい笑みを向ける。
わたくしは泣きそうな気持ちになりながら、小さく唇を噛みしめた。




