義姉と義弟はパーティーに行く9
「まぁ……」
黒の夜会服に身を包んだテランス様を目にして、わたくしは小さく感嘆の声を漏らしてしまった。いつも貴公子然としている彼だけれど、華やかな夜会服が彼の柔らかな美しさをさらに引き立てている。
……こんな素敵な貴公子様の隣にいても、いいものかしら。
ついつい、そんなことを考えてしまう。今日のわたくしは、なかなか前向きな気持ちになれないようだ。
「テランス様、ごきげんよう」
「ウィレミナ嬢、こんばんは」
テランス様は挨拶の言葉を口にした後に、わたくしの手を優しく取る。そして手の甲に、上品な仕草で口づけをした。
顔を上げた彼は、わたくしの姿をまじまじと見つめる。そして白い頬を淡い赤に染めた。
「今夜の貴女は……本当に綺麗だ」
「ふふ、お上手ですのね」
「思っていることを口にしているだけだよ。もちろんふだんも、とても素敵だと思っているよ。私は昔から、貴女の虜なのだから」
手を握られながら真剣な口調でそんなことを言われると、なんだか照れくさい気持ちになってしまう。視線を落とした彼の手は、幼い頃よりも当然ながら大きく男らしいものだ。
――互いに、大人に近づいているのね。
そんな当たり前のことを、幼馴染のような仲である彼の成長を感じてしみじみと感じてしまう。そして……『恋』などという感情に踊らされず、公爵家の娘としての責務を果たすべきなのだと。そんなことも考えてしまうのだ。
「テランス様も……とても素敵ですわ」
「ありがとう。結婚したくなった?」
「それは、お父様のお気持ち次第かしら」
「そうか、残念。ガザード公爵を頑張って口説かないとな」
昔からの付き合いからの気安さで軽口を叩き合い、微笑み合う。そんなわたくしたちを、エイリンとロバートソンが微笑ましげに見つめていた。
「さて、行こうか」
「はい。今夜はよろしくお願いします」
「うん。精一杯エスコートを務めさせてもらうね」
慣れた手つきで手を引かれ、寮の前に停まっていた馬車へと連れて行かれる。正装のテランス様の姿を目にしたご令嬢たちが感嘆の息を吐く姿が視界に映り、隣にいるのが自分であることが申し訳ない気持ちになった。
「……なんだか、新鮮だな」
馬車で向かい合って座った瞬間。テランス様がぽつりとそんなことを口にした。
「なにがです?」
「ナイジェル様が、いないことが」
「そう、ですね」
「彼はいつでも貴女の側にいたからね。まるで番犬みたいに」
テランス様はそう言うと少し声を立てて笑う。
たしかに……あの子は番犬のような子だ。
頼りになる、そして主人に懐きすぎて困る番犬だ。
「今夜は番犬がいない貴重な夜だ。頑張って貴女との距離を縮めないとね」
「……今夜のテランス様は、大胆なことを言い過ぎなのでは?」
「ウィレミナ嬢は恋愛感情を向けられることに鈍いからね。口に出し過ぎくらいがちょうどいいと思ったんだ」
……そんなことを言われてしまうと、どうしていいのかわからなくなるわ。
眉尻を下げながらテランス様を見ると、柔らかな笑みを向けられた。




