わたくしと義弟の思い出10
本日はナイジェルと一緒に参加するお茶会の日だ。
訪れたレアード侯爵家の庭園にはたくさんのテーブルが置かれ、すでに到着していた令嬢令息たちが思い思いに会話をしている。
子供ばかりのお茶会とはいえ、良い『繋がり』を期待する親が多い。そんな重さを背負っていることをおくびにも出さずに、皆は笑顔で軽やかに会話をするのだ。
主催のレアード侯爵夫人にご挨拶をしてから、わたくしとナイジェルは目立たないテーブルに着いた。そして挨拶に来る令嬢令息たちに、笑顔で挨拶を返す。不本意ながら……先日の『絵』のおかげか、ナイジェルの受け答えに隙はない。その様子を見て、わたくしは内心胸を撫で下ろした。
ガザード公爵家の『不義の子』のお目見えに、皆は興味津々だ。数々の視線があからさまな好奇心を隠せないままに、ナイジェルへと向けられていた。お茶会の前から『お友達』にも、散々探りも入れられたものね。
「その方が……お噂の弟君ですか。とても素敵な方ですね」
サンディ侯爵家の令嬢がそう言うと、ナイジェルを無遠慮に眺め回す。ふだんからお行儀がいいご令嬢ではないけれど、本当に不躾ね。
「そう。少し不出来だけれど、可愛らしい子なのよ」
わたくしはそう返すと、おっとりと見えるように微笑んでみせた。
ナイジェルへの悪感情は、一切表に出すつもりはない。ガザード公爵家が軽んじられる隙を作るわけにはいかないのだ。
……本当に、面倒。
お父様が不義の子なんかを家に入れるから。
その『面倒』の元であるナイジェルは、なんだか機嫌が良さそうだけれど。
……生活を共に過ごしていない者からすれば、ただの無表情にしか見えないのだろう。この義弟の感情の機微にも、聡くなってしまったわ。お茶会に参加するのがそんなに嬉しいのかしら。
正装をしたナイジェルは、美少年っぷりにさらに磨きがかかっている。そんな彼には、悪感情以外の感情を孕んだ視線も多く向けられていた。これだけの見た目で、『不義の子』とはいえガザード公爵家の子供なのだ。あわよくば縁を結びたいと考える令嬢も当然いるだろう。
「ウィレミナ姉様、とてもお綺麗ですね」
ナイジェルが、そんな白々しいことを言ってくる。嫌ね、明らかな嫌味を言うなんて。
わたくしも薄黄色のドレスを着て着飾っているものの、ナイジェルのように何段も女っぷりが上がるようなことはない。元が凡庸だとどれだけ着飾っても、代わり映えなんてしないものなのだ。
「見え透いたお世辞はいいの」
「いえ、本当にお綺麗だと……」
苛立ちを隠さずに言ってみせると、ナイジェルの眉尻がわずかに下がる。嫌味ばかりの義姉に媚を売っても仕方ないだろうに。
「そういうことは、好きなご令嬢ができたら言ってあげればいいのよ。お前の見た目ならきっと喜ぶわ」
「……ちゃんと好きな方に言っております」
わたくしは思わず目を丸くする。この子、いつの間に好きなご令嬢ができたのかしら。
我が家に来る令嬢たちとは、素っ気ない会話しかしていないと思っていたのだけれど……わたくしが知らないうちに親交を深めていたのね。
「そう。その好きな方をいつか紹介してね」
ガザード公爵家に相応しい人間か、見極めないとならないもの。
「いえ、その……」
わたくしの言葉を聞いたナイジェルは、なぜかがくりと肩を落とした。だめよ、そんな情けない顔をしたら。
「いいことナイジェル。あることないこと言う輩は多いと思うけれど、堂々としていなさい。弱みを見せたら、そこから食い荒らされてしまうわ」
扇子で口元を隠しながら、ナイジェルに忠告する。すると彼は神妙な面持ちで何度も頷いた。
「わかりました姉様。ガザード公爵家の名に傷をつけないよう、堂々と致します」
ナイジェルはそう言うと、表情を凛々しく引き締めた。
お茶会のはじまりなのです。