6.ファーザー来訪
リリエル転生から9日後。
事件は起こった。
リリエルたちが住んでいる修道院は、大陸の外れにある。
まぁ、いわゆる辺境地というやつで、物流も人の往来もあまり多くはない。
そんな所に、大神官なんて偉い人が来るとなると、上へ下への大騒ぎとなるものだ。
「やあ、リリエル。慎ましやかに過ごしているかね」
「じっ……ジジ……ふぁ、神父様、ご無沙汰しておりますわ……」
突然、何の報せも寄越さずに泰然と現れたのは、誰あろう、リリエルを退治し、その能力の大半を封印した上でシスターに転生させた男、大神官・ファーザー・ファリックその人であった。
「まぁ、まぁまぁ、どういったご用向きですか、ファーザー!ご連絡頂ければお出迎えいたしましたのに」
シスター・マギーは慌ててファーザーに駆け寄るが、手で制される。
「いや、大した用事ではないよ。リリエルは何の悪さもせずに、シスターとしての道を歩んでおるかね?」
180cmはあろうかという長身に、鍛え上げられた体躯。眼鏡の奥に光る眼光は、老人とは思えぬ迫力を放っている。
「え、ええ。勿論ですわ。ね?シスター・リリエル」
シスター・マギーは取り繕うようにそう言うが、リリエルは少し思案してから、あっけらかんと言い放つ。
「……はっ、マジで言ってんの?まぁ、男を食ったりはしてないけど、こんな禁欲生活、いつまでも続けてらんないわよ。殺すならさっさと殺しなさいよ、あたしはそれでも良いんだけど?」
敢えていつもより蓮っ葉で挑発的な物言いをする事でファーザーを試すリリエル。
実際、エルフィのお陰で性欲解消の術は見つけたとはいえ、このままシスターとしての生活を続けることには大いに不満があった。
ロクに外出もできない、神サマに祈ってばかり、楽しいことなんて何もありゃしないこの生活を続けるくらいなら、いっそ消滅したほうがマシだというものだ。
「そうかい。まぁ、それなりに満足に過ごせているようだね」
だが、そんなリリエルの言葉は意に介さず、ファーザーは穏やかな笑みを浮かべた。
そして小声で付け足した。
「……院内での姦淫は、程々にね。まぁ、よくある話ではあるけれど。院外の男を連れ込んで妊娠、などよりは余程健全ではあるか」
リリエルは真っ赤になる。
勘付かれている。エルフィとの夜の秘め事を。
「おっ、おっ、お前、なんで……」
「なぁに、君の身体から君以外の女性の『匂い』を感じ取っただけだよ」
……変態なのか?
リリエルは、自分の事を棚に上げてドン引きする。ファーザーに向けたその視線は、敵対・恐怖の感情から、ゴミを見るようなモノに変貌していた。
「冗談だよ。私の与えた聖痕に性的に干渉した事で、君のサキュバスとしての魂が励起されたようなのでね。限度を超えると、君の魂がいずれまたサキュバスの側に寄ってしまう」
「いつでも見てる、って事なわけね……はいはい、分かりました」
ファーザーの言葉にリリエルは改めて警戒レベルを上げ、リリエルはお手上げのジェスチャーをする。
「で、君の『お相手』はどこにいるんだい」
ぎくり、とする。エルフィのことを訊いているのだろう。
「さ、さぁ」
「隠すとためにならないよ」
「聖職者の言葉とは思えないわね」
恫喝めいた響きを込めたファーザーの台詞に、リリエルは思わず反発する。
「……悪いけど、私は私の体調のために気遣ってくれた友人を売る気はないわ。腐っても、シスターなんでね」
自らそんな台詞を言ってしまう事に些かの疑問を覚えないでもなかったが、それよりはエルフィが罰せられるかも知れないという気持ちのほうが勝った。
「……腐っても、ね」
ファーザーはにこやかな表情で満足げに頷く。
「君がその気持ちを忘れずに持ち続けている限り、私は君も君の友人も害する気はないよ。願わくば、そのまま健全な人生を過ごしてくれ給え。
……ああ、それとこれは蛇足かも知れないが、君が望むならば『完全に』人間になることも出来るのだよ。これは、憶えておいてくれ」
そう言うと、くるりと踵を返してファーザーは修道院を出ていった。
シスター・マギーはおろおろと2人を見比べるばかりで、何も出す言葉を持ち合わせないようだった。
「はぁ……役者が違うね、じーさん」
諦めたようにリリエルは肩を落とし、帽子を脱ぐのだった。
サキュバス・イントゥ・ザ・シスター、6話です。
ちょっと一区切り、リリエルにとってのラスボスである神父様登場回です。
180cmのムキムキジジイって、見るだに恐ろしいっすね。別の意味で。
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