迷宮A‐7
遅くなりました。
「オレ?オレは灰田だ。立てるか」
「大丈夫です。あ、僕は石城って言います。助かりました、ありがとうございます」
僕を助けてくれた脇差を持った人は灰田と名乗った。手を差し出してくれたけど、自分で立った。
「化け物居るんだよココ。やべぇだろ?」
「そうですね、さっきも二匹?程出くわしたんですけど、こういうちっちゃくてすばしこい奴は初めてです」
「何だ、初めてじゃあ無いのか。…コレよりでかいの居るのか?」
「ええ、上の階に一匹、さっき開けたあそこのシャッターに一匹。殺しましたけど、気持ち悪かったです」
灰田と名乗った青年は鶴嘴女を見たことが無いのだろう。本当かあと疑う目付きで僕を見る。止めろよ。こんな時に嘘吐くメリットねえだろ。
「そいつで?」
血がこびり付いたスコップを指差した。薄明かりに照らされて影が掛かるせいで表情が良く分からない。
「うん。あっ、はい」
「きつかっただろ」
殺すのは初めてだっただろ。灰田は労う様に言った。確かにやすりでフチを研いだただのスコップは彼の脇差より遥かに貧弱だ。出来れば戦うのも避けたいんだけど難しい。後ろから足音がして、薄暗い廊下の隅からさっきと同じ脚付きの籠が飛び出して来た。何とも形容し難い音が直後に響いて、化け物は両断される。
「遅ぇーよ」
灰田が目にも止まらぬ速さで脇差を振るい、刃を鞘に納めたのだ。そのまま頭が切り離されて籠の中から血を吹き出しつつ藻掻く化け物を蹴飛ばす。ケンドーか何かでもやってんのかな。対応したのが僕だったら殺られてただろう。
「まだまだ居るな。お前、此処が何処だか分かるか?そもそもどうやって来た?」
「分かりません。このアプリが作動して此処に連れて来られたんです」
携帯の画面を点けて<NWmap1.0a>を彼に見せた。スクリーンの光に照らされた彼は驚いた表情をしてそれを見つめていた。
「…何でお前がこれを」
「え?」
「何でもない。もしかして、道を歩いてたらいきなり電波が通じなくなってそいつが勝手に開いてワープ、みたいな?」
「そうです。いきなりこの建物の中に放り込まれました。もう何が何だかって感じですよ」
ふーん、と彼は頷きながらその辺のドアノブを回す。開かなかったみたいだ。
「畜生、ココも駄目かよ」
「開かないドア多いですよね。そう言えば灰田さんはどうやってココに」
「灰田で良いよ、くすぐったい。オレはそういう体質なんだよ。そうしようと意識するとスーッとオレだけ据え置きで回りの空間だけ変わって、こんな感じの変なトコに来ちまうんだ。そんでしばらーく生き残ってれば、またスーッと元通りになるんだ。時計も動かないから正確じゃ無いけど、多分此処には三時間位居るかな」
そういう体質って何だよ。超能力とか霊能力とかかな?何か嘘くさい。
「第六感とかそんな感じのを持ってるって。本当ですかあ?」
「こんな時に嘘吐いてどーすんだよ。お前のスマホアプリも大分即興臭くて嘘っぽいだろ。お互い様だ」
「それもそうですねえ。所で、灰田はココが何処か分かるんで?」
「わっかんねー」
本当に分かんなそうだな。天井から滴り落ちる水が帽子のつばに落ちた。
「今まで言った空間の何処にも似てねえのよ。暫く待っていりゃあ俺は帰れんだろうけど、何時になるかも分かんねえ。出口を探そうとしてたんだが化け物もちらほら居るし」
彼は脇差の柄を手で弄り周りを見渡しながら言う。
「お前上の階っつったけど、エレベーターに乗って来たのか?」
「そうです。此処にしか降りられないヤツでした」
「エレベーターカード、持ってんだろ」
はいと答える。灰田は何か思いついた感じだった。
「コッチの奥の方にもエレベーターがあんだけどオレはカード持ってねえし、エレベーターの前を鍵付きの鉄格子とドアが塞いでっからそれだけでもココから出れねえ。鍵探そうにもそこら中にバケモンがウロチョロしてる」
何だか理解出来た気がする。
「僕はカード持ってますけど、武道の心得も無いし武器も弱いです」
「オレはカード無ぇけど腕っぷしも得物もイイぞ」
「組みましょう」
「おう」
こうして即席コンビが結成されたのである。
「さっきから敬語で話してるけど、何歳だよ」
「十七です」
「俺は十九。まあ良いや、タメで行こうぜ。そういうの苦手なんだよオレ」
「はい…うん、分かった。よろしくね」
僕は懐中電灯を持って、彼は脇差を構えて通路の奥へ入ってゆく。ぎしぎしと鳴り、二人分の足音を立てる床。その表面に映る二人分の影。久し振りに誰かと一緒に歩く気がした。
かいだが なかまに くわわった