プロローグ
異世界要素は無いです
「もう、限界ってヤツが来ちゃったみたい」
電話越しに伝わる冷めた声が耳を打つ。落とさぬように握り締めた携帯を持って、住宅街を走る。
「お、大瀬、さん、駄目だ」
焦りの所為か走っている所為なのか汗がこめかみを伝って首へと流れ襟へ入る。背中も張り付いて来る。
「今教室だよね?」
「うん。最期位はあいつ等の度肝抜いてやるんだから、ははは」
無理矢理作った様な乾いた笑い声が聞こえた。
「ねえ、一回ちゃんと話そうよ。死ぬなんて馬鹿みたいだ!それこそ負けなんだ!学校の奴等はそんな事しても大瀬さんの事笑うだけだ!」
啜り泣きが聞こえる。
「もう、負けたんだよッ!」
叫ぶ様に投げつけられた言葉。僕は、その時まで彼女にそんな風に何かを言われた事が無かった。聞くだけで彼女がどれだけのゼツボーを胸に押し込めているかが分る程悲痛な叫び、そんな感じだった。
「石城君が色々やったって、私が何したって無駄なの。もう当事者じゃあどうにも出来ない。これ以上状況が良くなるのが想像出来ないよ。寧ろもっともっと悪くなると思う。このままじゃ石城君にも良くない事が起こるよ。それでも良いの?」
足を前へ繰り出し続ける。校門を通り抜けて、喉が渇き張り付いても、足の裏が痛んでもとにかく、走る。教室へ、教室へ。
「僕は大丈夫だから、待っててよ」
「私は」
一拍。
「私は無理だよ。これ以上苦しくなるなら、もう耐えきれない。」
「ああクソっ」
靴箱から階段へ。四階を目指して駆け上がる。携帯を落とした。急いで拾う。
「僕が支える、からっ、手伝うから!乗り越えようよ、お願いだから」
「石城君には、分からないかも知れない、」
普段した事も無い激しい運動に身体が悲鳴を上げる。身の奥から凄まじい嘔吐感が沸き起こる。
「分かる様に頑張るから」
このままじゃ、大瀬さんは本当に
「ねえ、眠る薬ってさ、幾つで足りるんだろうね」
「大瀬さんっ!!」
電話が切れる。嘔吐感もピークを迎え、いよいよ歩くのも危うくなる。
暫く足を引きずり辿り着いた四階。西校舎から東校舎へ渡る。暗闇の中でほんの少しだけ光が洩れる二年三組の教室。
先の会話の最悪の結果を想像する。
まさか。大瀬さんが死ぬ訳が無い。死ぬ訳が無いじゃないか。
ドアを開ける。暗い教室の教卓前に点きっぱなしの懐中電灯が床に転がっていて、その光が照らす中に、
目を閉じた彼女、大瀬さんが横たわっていた。
それを見た僕は現実の光景とはとても信じられなくて。熱くなる頭を意味も無いのに掻きむしる。
「うわぁあああああああっ!」
死んだ、大瀬凪が死んだ。呪詛を書き綴った手紙を遺して薬を呑んで冷たくなった。死んだ。死んだんだ。
なんで?どうして?苛められていたから?それとも、僕が半端に首を突っ込んだから?頭の皮膚が剥がれて来た。心臓がバクバク鳴って止まない。汗が止まらない。
震えが止まらない。
どうして、噓だなんて喚く僕の後ろへ、暗闇へ溶け込むような気味の悪い雰囲気の女生徒が何処からともなくやって来て、冷たい視線を寄越して口を開いた。
「お前が大瀬凪を殺した」
「嘘だ、そんなの嘘だ」
近づいて来る救急車の音。僕を責め立てる女生徒の声が教室に響いていた。
夏の終わりの夜だった。
カクヨムにもひりだしています。