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1分程度で読める、掌編小説集です。「こちら」から、他の掌編小説を読みにいけます。

お婆さんとルト

作者: 行世長旅

帰路の途中、お婆さんは1匹の小さな捨て犬を見つけた。


おやまぁ……、どうしたんだい。


お婆さんは近寄り、声をかけました。


すると子犬は、くぅーんと力無く鳴いてお婆さんを見つめました。


うちにおいで。


お婆さんはそう言うと、子犬を抱き抱えて連れ帰りました。


ぬるま湯の風呂に入れ、顔は濡らしたタオルで拭き、少し離れた位置からドライヤーを当てて乾かします。

リンゴを細かく切って与えると、抵抗感無く食べてくれました。


とはいえ動物を飼ったことが無いため、様々な不安は尽きません。


翌日に朝早くから動物病院へ行き、状態を見てもらいました。


健康に問題はありません。


その言葉を聞いたお婆さんは、ホッと一安心しました。


加えて、ラブラドールレトリバーの生後2ヶ月程度ということも知ります。


飼う際に気を付けなければならないことを聞き、オススメされたドッグフードを購入し、家へと戻ります。


早速ドッグフードを与えると、無我夢中で食べ始めました。


美味しいかい、ルト。


そう呼び掛けると、顔を上げてワンッ! と鳴きました。


すぐに家の中を走り回るようになり、元気な姿を見てお婆さんも喜びます。


息子夫婦が遊びに来た際も、全員で可愛がって新たな家族を祝福しました。


しかし……、ルトが家に来てから1年ほど経ったころ、お婆さんの容態が変わってしまいました。


白内障。

つまり、視覚障害が起こり始めました。


徐々に視野が狭くなっていくのを感じたお婆さんは、夜な夜な涙を流しました。


けれど、必ずルトが添い寝してお婆さんの側を離れませんでした。


お婆さんはルトをぎゅっと抱き締め、共に眠りにつきました。


お婆さんの状態を知った息子夫婦はすぐに家を訪れ、身の回りの世話をするようになりました。


しかしその間もお婆さんの病状は進行し、治療も効果が現れません。


そんな折、息子の嫁からある提案がありました。


ルトに盲導犬の訓練を受けさせませんか?


そう聞いたお婆さんは、悩みました。


もうどれだけルトを見ていられるか分からない。だったら、少しでも長く一緒にいたい。

けれど、完全に目が見えなくなってしまっては世話どころではない。なら…………。


お婆さんはルトを抱き上げ、問いかけます。


ルトはどうしたい……?


人間の質問の意味を、犬が理解するはずもありません。


しかしルトは、くぅーんと返事をするように鳴きました。


お婆さんにはそれが、力になりたい、と言っているように感じました。


……分かったよ。


お婆さんはそう心に決め、息子夫婦に向き直ります。


ルトを、お願いするよ。


そう言って、ルトを2人に託しました。


息子夫婦は訓練施設にルトを預け、頻繁に顔を出して様子を伺いました。

同時にお婆さんの世話も続けます。


しかし、ついにお婆さんは視力をほとんど失ってしまいました。


そして……、10ヵ月の時が過ぎたころ、訓練を終えたルトが戻って来ました。


お婆さんは息子に支えられながらも、ゆっくりと歩み寄ります。


わたしのことを覚えているかい?


目が見えないため距離感が分かりませんが、それでもそこにいると分かって声をかけます。


するとルトは、お婆さんに近寄ってトスッと全身を預けました。


それは、ただいま、と言っているようでした。


それからしばらく、1人と1匹で共に暮らしました。

時々息子夫婦が世話のために家を訪れましたが、お婆さんの気持ちはいつも明るく晴れやかでした。


お婆さんは思いました。

ラブラドールレトリバーは、盲導犬適正が高い。ルトがうちに来たのは、運命だったのかもしれない。と……。


そして1年が過ぎ、2年も過ぎ、ルトと出会ってから12年ほどの時間が流れました。


自宅での最期を望むお婆さんは、ここしばらくベッドの上で寝たきりとなっていました。


隣にはかかりつけ医と息子夫婦が居て、もう僅かしか時間が残されていないと誰もが感じ取っていました。


そんな中、ルトはお婆さんと同じベッドに横たわっています。


産まれてから約12年……。ルトにも、天寿を全うする時が訪れたのです。


お互いに目も開けられず、声も出せず、ただ浅く呼吸をしているだけの状態でした。


お婆さんは遠くなりかけている意識で言葉を思い浮かべます。


天国でも一緒にいてくれるのかい?


そう問いかけるように、最後の力を振り絞って指を数センチ動かします。


するとルトは、

もちろん。

とでも言いたげに、前足を数センチ動かしました。


そしてお互いに手と手を重ね、同時に息を引き取りました。


1人と1匹は最期まで、最期のその後まで運命を共に歩んで行きました。

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