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普通の学園生活って何ですか?  作者: 有木千夏
第一章 『揺らぐ気持ち』
9/90

同室

 ドアを開けたらバスタオルで身を包んだ裸の少女が目の前にいる。

 男子なら誰もが喜ぶであろうラッキースケベもいいところなこの状況。

 しかし、天羽はそうではなかった。

 腰くらいまである長い銀髪に、今にも焼かれてしまいそうな赤い眼。

 じっと天羽を見つめる彼女の名は、


「フェルン、ヴァリオス……」

「はい、麗城天羽さん」


 時が止まったように硬直する。

 髪色と目の色は違う。

 しかし、それ以外は天羽が教会に連れてきた少女と酷似していた。


 他人の空似、そんなもので片づけて良いのか?


 そう考えていると、フェルンは首をかしげてゆっくりと口を開く。

 

「入らないのですか? 寒いので閉めていただきたいのですが」

「あ、あぁ、そうだな……すまん」


 部屋に入りドアを閉めると、フェルンの後ろにあるドアのガラス部分から太陽光が()した。

 銀髪が輝き、バスタオルに映る体の陰からスタイルの良さが一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。


「麗城さんの荷物は届いています。リビングに置いてありますので確認してください。私は着替えてきますので」

「わかった、ありがとう」


 太陽光で眩しく光る後ろのドアを指さし右隣の部屋に入っていくのを確認すると、天羽は靴を脱いでリビングに行った。

 黒の大型テレビの正面にこたつと、それを囲むように緑の座布団が四枚。

 天羽の荷物はテレビ側の座布団の横に置いてある。

 一日目に着ていた制服が隣に畳んで置いてあり、塗装が剥がれたボロボロのバッグも一緒だった。

 中を見ると、中敷きの裏に隠していたゼロ点のテストがそのままだったので、これは天羽の物で間違いない。


「ゼロ点のテスト用紙なんて初めて見ました」

「うわっ!」


 声に振り返ると、テスト用紙を覗き込んでいるフェルンがいた。

 驚きのあまりバランスを崩して前転し窓ガラスに腰を思いっきりぶつけると、黒のラインが入った白いワンピースを着たフェルンが逆さまに映っていた。


「あの、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ、あはは……」


 天羽は右手に持ったテスト用紙を握りつぶして立ち上がると、フェルンは申し訳なさそうにする。

 

「驚かすつもりはなかったのですが……ごめんなさい」

「気にするなって。慣れっこだから」

「はい……」


 フェルンは無表情のまま下げた頭を上げると、目が合いお互いを見つめる。


 やはり、あまりにも似すぎている……聞くべきなのだろうか?


 武装集団の教会襲撃事件。

 教会には、天羽以外にも沢山の孤児がいた。


 もし、目の前にいるフェルンがあの殺戮(さつりく)の現場に居合わせていたとしたら?


 考えていると、フェルンは無表情から次第に(おび)えの表情に変わっていった。


「麗城さん、その……怖いです」

「え? あぁ、すまない、何でもないから!」


 よほど怖い顔をしていたのだろう、見るとフェルンの手が小刻みに震えていた。

 もし、フェルンがあの場に居合わせていたとしたら、あの光景を思い出させるべきではない。


 ……これは五年前の出来事だ。


 天羽は教会が襲撃される前日、外で畑を耕している時にとある男から『教会から逃げろ』と思念で伝えられた。

 見えない相手から一方的に送られてくる情報に確信は無かったが、その夜、教会の管理者であるシスターアルマに相談した結果、一人で逃げるようにと言われたのだ。

 後ろめたい気持ちはあったが、思念で送られてくる情報からあまり時間がない事は容易に想像できた。

 頭に直接送られてくる男の指示に従って森を進むと、教会と周辺を見渡せる高台にその男はいた。

 盗賊のようなボロい恰好に右目をグレーのバンドで隠している男はルネスと名乗った。

 天羽はルネスに保護され今までずっと世話になっているのだが、翌日の教会襲撃事件後にルネスは天羽に複数枚の写真を見せた。

 そこには、飢えで干からびたような(みにく)い姿になった孤児が写っており、最後の一枚には断首されたシスターアルマが写っていた。

 何度吐いたか、何度夢に出てきたかわからない。

 本当に目の前にいる少女、フェルン・ヴァリオスが教会襲撃事件の生き残りで、あの写真と同じ光景を見てきたとしたら、それは絶対に思い出させるべきではない。


 写真を思い出しながら考えると吐き気がして、唾を飲み込みながら窓の外を見た。


「あの、麗城さんは……」

「なんだ?」

「……いえ、何でもありません」

「……そうか」


 フェルンの声に振り向くと黙ってしまい、天羽のバッグが置かれている正面の座布団に座る。

 天羽もフェルンの正面の座布団に座って、話題を切り替えるように会話を始める。


「とりあえず、俺はなんで女の子と同室なんだ? 普通は同姓同士じゃないのか?」

「普通はそうです。ですが、今回は……神崎さんの手違いでしょう」

「手違い?」


 フェルンは何かを隠しているような口調で目線を逸らしながらそう言った。


「手違いって、何の?」

「神崎さんは能力の副作用で常に寝ているような状態にあります。誤って他のカードキーを渡してしまうこともあるでしょう」

「確かに窓を叩くまでは寝ていたが、会話しているときは普通だったぞ?」

「きっと、起きているように見えただけですよ」

「そ、そうなのか……」


 威圧的に言ってくるフェルンは、先ほどとは人が違うようにも見えた。


 顔色は変えずに声の強弱だけで威圧してくる人が一番苦手なんだよな……


 引きつりそうになる顔を戻しながら、天羽は会話を弾ませるために自己紹介をしてみることにした。


「俺の名前は麗城天羽。趣味ってほどでもないが、運動することが好きだ」

「私はフェルン・ヴァリオスです。好きな事は特にありません」

「何も無いのか?」

「はい、何もありません」


 会話が弾まない。

 というか、フェルンの目に光がない。


 俺はこんな奴とこれから過ごさないといけないのか?

 地下で能力を使っていた時はかっこよく見えたんだけどな。


 話題は無いかと考えながら周りを確認し、後ろのテレビの横に置いてあるデジタル時計を見て大事なことを思い出す。


「そういえば、昼飯食べていないな。冷蔵庫に何か無いか?」

「スーパーで買ってきてありますので、大体の食材はあると思います」

「……大体の食材?」


 嫌な予感がして冷蔵庫の中を見に行くと、食材がぎっしりと隙間なく詰め込まれていた。


 野菜と生魚を一緒に入れるとは……魚の生臭さが野菜にまで移っていそうだ。


 うわぁと言いたくなる気持ちを抑えてフェルンに聞く。


「ちなみにフェルンは昼飯を食べたのか?」

「いえ、まだです」

「調理器具は……揃っているのか。わかった、自分の分と一緒に作ってやる」

「本当ですか!」

「うおっ! おう、座って待っていろ」


 今日一番の声のハリと無表情以外の顔で言われたので少し驚いてしまった。

 天羽は冷蔵庫の食材を改めて見て何を作るか考える。

 ルネスの飯を毎日作っていた天羽にとって、料理は大の得意分野だ。

 作る料理を決め手際よく料理をしていると、いい匂いに釣られたのかフェルンはキッチンのカウンターから頭をひょっこりと出して覗いていた。


「すぐ出来るから待っていろ、料理は逃げないさ」

「はい!」


 何故フェルンは俺の料理を楽しみにしているのだろうか?

 毎食冷凍食品を食べていたってわけでもないだろうし、そんなに特別な事じゃないと思うけれどな。


 そんなことを考えながら、天羽は食器棚にある適当な皿を取り出し、完成した料理を盛り付けていく。


「お待たせしました。俺特製の野菜炒めと魚の照り焼きです」

「……いただきます!」

「喉に詰まらせるなよ?」


 いつの間にか出されていた箸を持って、フェルンは初めてお子様ランチを見た子供のように目を輝かせていた。

 一口、野菜炒めを食べるとフェルンは涙目になり、それでも黙々と食べていった。

 フェルンを気にかけながら天羽も昼飯を食べ、全部食べ終わるとフェルンは皿を空にして俯いていた。


「どうした、何かあったのか?」

「……すみません、懐かしい感じがしまして」

「懐かしい感じ?」


 フェルンは少し震えた声で話し出す。


「私は小さい頃に捨てられて、五年前まで教会で過ごしていました」

「五年前……」

「そこでは特殊な力で食事をとらなくても普通に暮らせました。ただ、一人だけ普通に食事をとってた男の子がいました。話はあまりしていないですけれど、たまに一緒に食事をとるのが楽しかったです。それが、教会での唯一楽しかった思い出なんです」


 フェルンの目から溢れた涙が、空になった皿を小刻みに叩いていた。


 間違いない、その男の子は俺のことだ。

 教会では確かにシスターアルマの力、正確には契約していた大樹のような(ドラゴン)、ゼビルズとかいう奴の能力で食事をせずに生きれていた。

 しかし、何故か俺にだけはその力が通じなかったので、自分で野菜などを育てて食事をとっていた。

 今思うと、当時から魔法を無効化する力があったのかもしれない。

 蓮さんの心読み(リーディング)のような能力は無効化できないから、ルネスの能力もそれに類するものだったのだろう。


 天羽は自分のことをフェルンに打ち明ける決心をして口を開くと、


「フェルン、実はな……俺が……!」

『こら! 何、女の子を泣かせているのさ!』

「わっ!」

「うわぁっ! な、何だ!?」


 突然の大声に俺は周囲を見渡すが、フェルン以外の人はいない。

 まさかと思い後ろのテレビを見ると、黒いマイクを持った神崎さんが画面に映っていた。


『せっかく女の子と同室なのに、初日から泣かせて好感度下げてどうするのさ!』

「あの、私は麗城さんに泣かされたのではなくて……」

「というか、何でフェルンが泣いてるって知っているんですか?」

『私の能力は監視(モニタリング)っていって、私が寝ている間だけ幽霊みたいになれるんだよ。それで部屋を覗いてみたらフェルンちゃんを泣かせているしで、一日目から問題起こしたのかってびっくりしたよ、全く!』

「悪趣味な能力ですね」

『それが仕事だから仕方ないの。ちゃんと仲直りするんだよ?』


 それだけ言って、ブチンとテレビが消える。

 フェルンと目を合わせると、涙を拭いて笑って、


「また、作ってくれますか……天羽さん?」

「お安い御用だ、毎食作ってやる。だから泣くなよ、フェルン」

「はい!」


 右手を出すと、フェルンは満面の笑みを浮かべながら小さな両手で握り返してくれた。

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