聖ヴァルナ・ノワール学園
病室を後にした天羽と麻耶は、レイシスの案内でこの学園を見て回っている。
校舎から十分程歩くと初日に通った商店街があり、色とりどりの石道は西洋の国を連想させるおしゃれな作りだ。
ここには大型食料品店、コンビニエンスストア、洋服屋、その他諸々都会の街と変わらないくらいお店が充実している。
学園の中ということを知らずに連れてこられたら、ここはどこの街ですか? と質問をしてしまうだろう。
「ここがケーキ屋で、あそこが薬局。そこが果物屋で、ここがファーストフード店ね。それで、あそこが……」
レイシスはお店を指さしながら施設を紹介するが、レイシスの一歩は天羽たちの一・五歩くらい歩幅がある。おまけに早歩きで歩いているせいで二人のペースは崩され、体力はもう限界を迎えていた。
流石にきついと思った天羽は、少し息を切らしながら先行するレイシスに言うと麻耶も続く。
「学園長、ちょっと紹介が早すぎて……」
「もう、体力が……」
「あぁ、すまない。早すぎたな。それじゃ、あそこのカフェで休憩しようか」
ようやく天羽たちの状況に気が付いたレイシスは、外席があるカフェまで案内した。
内装はモダンでロマンスグレーなマスターがいるオシャレなお店だ。
新入生特典なのかは知らないがレイシスの奢りで各々飲み物を注文すると、店内のラウンドソファーに横一列になるように腰を掛ける。
「いやぁ、すまなかったね。早く学園を案内したいという焦る気持ちで、君たちを置いて行ってしまった」
「この後はどこを見に行く予定ですか?」
レイシスはコーヒーを片手に話すと、紅茶を飲んでいた麻耶がマグカップを目の前のテーブルに置いて質問をする。
確かに、商業施設はほとんど見て回ったと思う。残っているとしたら、書類に書いてあった学園寮の場所だろうか?
天羽も紅茶を飲みながら考えていると、レイシスは携帯端末を出して天羽たちに画面を見せた。
「次は、君たちが住む学園寮だ。場所だけ案内するから残りは寮監の神崎に聞いてくれ、私が説明するよりも分かりやすいだろう」
レイシスはコーヒーを飲み干すと勢いよく立って、
「それじゃ、行こうか!」
「「無理です!」」
「……ごめんなさい」
天羽と麻耶の即答に、レイシスはしょんぼりしながら席に座りなおした。
天羽たちは飲み終わったコップをマスターに渡し、並木通りを抜けた先にある学園寮へと足を運ぶ。
休日だからか私服の生徒たちと並木通りですれ違う。それは学園寮が近づいている証だろう。
レイシスが生徒に挨拶すると、礼儀正しく生徒は挨拶を返していた。
数分歩いて並木通りを抜けた先、芝生で作られた綺麗な広場の真ん中に巨大な白いマンションが建っていた。
「ここが、学生寮だ」
すごいだろと自慢げに言ってくるレイシスを無意識に無視してしまうほど、天羽と麻耶は学生寮に驚愕していた。
外から見てもわかる部屋の広さと豪華さ、家賃をいくら払えばいいのか考えると寒気がしてくる。
書類にも書いてあったが、学園は全寮制で二人一部屋だ。全生徒を寮に住まわせている以上、部屋数が足りないのはわかるが、知らない人と同室なのは抵抗感がある。
いや、本当に全生徒がここに住んでいるのか?
二人一部屋じゃなくても、数百人は住めるほどの大きさはあるだろう。しかし、そうする理由があるとしたら一体なんだ?
天羽はドヤ顔を決めているレイシスに質問をする。
「学園長。書類に書いてありましたが、何故、二人一部屋なのですか?」
「単純に仲を深めてもらいたいっていうのもあるけれど……まぁ、先に話すか」
学園長は携帯端末で調べ物をして、生徒が能力を駆使して戦っている画像を天羽たちに見せる。
四人の生徒はダイビングスーツのような服を着て戦っているが、服のラインは青と赤で形も少し違うものだった。
それぞれが赤や青の魔法陣を出して、火なり水なりを出している。
能力者同士の戦い。
そう思うと、本当にここの学園に入って良いものか天羽は今更ながら考えてしまう。
「知っているだろうが、我が学園と他三校による学園対抗戦『魔闘大会』というものが年に一度行われる。この大会では二人一組になって他学園の生徒と戦うのだが、そのときに同室の生徒と一緒に出場してもらう。今見せているのはイメージポスターだよ」
「生徒全員が大会に参加するんですか?」
出来るなら参加したくないという気持ちで質問すると、学園長は小さく首を振り続けた。
「全員ってわけじゃない。大会の期間も限られているから、各学園内で予選をして上位四組が出場するんだ。ちなみに、当学園内の成績優秀者には、大会前のリラックスも兼ねて高級温泉旅館貸し切り旅行をプレゼントしている」
「やります!」
すると突然、麻耶は目を輝かせながら大声で言った。
広場の屋根付きベンチで食事している生徒たちから注目され恥ずかしくなり、咄嗟に目を逸らす。
確かに麻耶は修学旅行で班長をしたり、夜のレクリエーションを企画していた。勝手に仕切りやがってと最初は皆そう思うが、麻耶と同じ行動班になった奴は口を合わせてまた麻耶と旅行に行きたいと言う。
レイシスはやる気のある声に頷いて、
「凛堂さんやる気だね。でも、予選は学園の全生徒で行う。一年生が出れるほど楽なものじゃないよ?」
「問題ありません、私と相方の力で必ず勝ち上がります!」
「うん、良い意気だ。凛堂さんの相方もそんな人だといいね」
寮の外観と魔闘大会について知ったところで、天羽たちは学園寮を後にして校舎へ帰る。
先ほどと同じような並木通りを歩いているが、十分以上歩いているのにまだ校舎に着かない。駐輪場も見当たらないから自転車もないのだろう。
これから毎日こんな距離を歩くと思うと心が折れそうだ。なぜなら、遅刻ギリギリまで寝ることが出来ないから。
天羽は疲れではない溜息をつきながらさらに歩いていると、ようやく校舎に到着した。
校舎に入り次は何をするのかと待っていると、レイシスは携帯端末を見て何かを思い出したかのように振り返る。
「すまない、今日はこれで終わりだ。校舎内は地下以外好きに見て回って良いからね。明後日から授業が始まるが、くれぐれも初日から遅刻なんてのはやめてくれよ?」
「ハハハ、ソウデスネー」
レイシスが細目で天羽を見ると、苦笑いで返事をする。
もしかすると、学園長は中学校での態度を知っているのではないかと少しドキッとした。
レイシスは「じゃあな」と笑いながら手を振ってエレベーターに乗ると、天羽たちは入り口上にあるアナログ時計を確認する。
「ちょうど昼前か。お昼ご飯どうするかな……」
「校舎内に食堂があるみたいだけど、私たちお金持っていないわよ?」
「なら寮に行くしかないな」
「……あんたの意見に賛成するわ。部屋に何かあるかもしれないし」
いつもなら意見をぶつけてくる麻耶だが、今回は溜息をつきながらも賛成してくれた。
特に何も話すこと無く先ほど来た並木通りを歩き戻っていると、前方から偶然にも蓮がこちらに歩いてきた。
蓮は天羽たちに小さく手を振って話しかける。
「こんにちは、麗城君。そして、麻耶」
「兄さん……私たちに何か用?」
蓮は笑顔で天羽たちに挨拶をするが、麻耶は蓮を睨みながら質問する。
「今日の夕飯、一緒に食べようと昨日言っただろう? 6時に寮のエントランスで待っているよ」
それだけ言うと、蓮は校舎に向かって歩いて行った。
麻耶は唇に歯を当てて俯き、天羽は声をかけていいものなのか迷った。
教会育ちの俺には本当の兄妹の感情がわからないが、多分、凛堂にとって蓮さんは大事な存在だったのだろう。
考えていると、麻耶は小さく首を振って歩き出す。
「行くわよ」
「おう……?」
その時、天羽はふと視線を感じて後ろに振り返ったが、蓮の後ろ姿しか見えなかった。