メイドさん
「なんだこの状況……どうしてこうなった?」
土曜日の朝。
七時くらいに目を覚ますと、天羽の横でリリエルと麻耶が気持ちよさそうに寝ていた。
それも、二人とも天羽の腕を抱きしめた状態でだ。
動こうにも両腕を抑えられているので動けず、昨夜遅くまで看病をしてくれた二人を無理やり起こすことが出来ない。
「家に帰るって言っていなかったか? 早く誰か二人を起こしに来てくれませんかね」
『ガラッ』
必死にこの状況を切り抜ける解決策を考えていると病室のドアが開き、カーテンの向こうから聞いたことのある女性の声がした。
「失礼致します。おはようございます、麗城様。朝食をお持ち致しました。食べ終わりましたら、枕元にあるナースコール用のボタンを……?」
「お、おはようございます」
声の正体は咲だ。
初日に会ったメイドの中で一番身長が高く見た目からするに強そうなお姉さん。
これで会うのは二度目だが、どんな時でも凛々しく、メイドの中のメイドという印象の人だ。
カーテンを開けながら話す咲は、男の横に二人の女の子が寝ている謎の状況に少し固まっていたがすぐに口を開く。
「これは大変失礼致しました。ただいま、お二人の朝食もご用意しますので、少々お待ちください」
咲はそう言うと、持って来ていた天羽の分の朝食をベッド横の机に置き、スタスタと病室を出て二人の朝食を取りに行った。
「ついでに二人のことも起こしてくださいよ……」
ジト目で二人を見ながら天羽はぼやく。
しかし、何故こんなことになっているのかね?
リリは病院で働いているからまだ理解できるとして、凛堂がここに来る理由は無いんじゃないのか?
ま、俺たちには帰る家も無いんだけどさ、客人用の宿泊施設くらいあるんじゃないの?
それにしても、
「二人とも可愛い寝顔しちゃってさ……」
天羽が溜息をついて寝ている二人を見ていると、咲が朝食を持って戻ってきた。
「大変お待たせ致しました。お二人の朝食をお持ち致しました。食べ終わりましたら、枕元にあるナースコール用のボタンでお呼びください。それでは、失礼致します」
「あ、ちょっと待ってください」
「はい?」
「できれば、この二人を起こしていただけませんか? 俺……僕は昨夜遅くまで看病していただいた身で起こしづらくてですね……」
「承知致しました」
ソファー前のテーブルに二人分の朝食を置いて出ていこうとした咲を呼び止めると、二人の肩を優しくたたき、起こす。
「リリエル様、凛堂様、朝です起きてください」
「ふえ? って、わあぁぁぁぁ! な、なんであんたが私の隣にいるのよ、この変態!」
「おい、ちょっと待……ぶえっ!?」
顔を赤らめて涙目になっている麻耶は、天羽の隣で寝ていたことに自覚がないらしく理不尽にも天羽の顔面を思いっきり殴る。
朝から元気なのは良いことだが少々やりすぎだ。
すると、天羽の左腕を抱きしめてたリリエルも麻耶の声で起きる。
「ふぁ……おはよう、麗城君。随分騒がしい朝だねぇ」
リリエルは目を半開きにして頭をゆらゆらさせている。
さながら夜更かしをした子供の寝起きみたいな感じだった。
「それでは、失礼致します」
「ありがとねー」
咲はリリエルの御礼に笑顔を返すと病室から出て行った。
テーブルに置かれた朝食を見つけソファーに座るリリエルと、天羽を睨みながらソファーに座る麻耶。
さっきまでの寝顔のままだったら良かったのにと、横目で麻耶を見ながら思う。
ベッド横の机に置かれた朝食を見ると、六枚切りのパン二枚に、ディスペンパックに入ったイチゴジャムとマーガリンが1つ、スクランブルエッグとオレンジ1個が盛り付けられたプレートだ。
「いやぁ、誰かとご飯を一緒に取るなんて久しぶりだなぁ」
「リリは毎日一人で食べているのか?」
「寝る時以外は基本ここにずっといるからね、たまにメイドちゃんと食べるくらいかな」
質問に答えながらリリエルは美味しそうに、食パンにイチゴジャムを塗って頬張る。
まぁ、プレートの内容はともかく美味しい事は確かだ。ザ・病院食という感じだが。
皆が食べ終わるとリリエルはごちそうさまでしたと言ってソファーを立ち、天羽の枕元にあるナースコールで咲を呼ぶと、金髪ツインテールのメイドフェティーが銀色のワゴンを押して病室前に来た。
フェティーは天羽たちに一礼をして食べ終わった朝食のプレートを片付けスタスタと病室から出て行く。
すると、入れ替わるようにスーツ姿のレイシスが皆に見える形でドアを二回ノックし、書類と思われる紙束を持って入って来る。
「おはよう、皆。麗城君、調子はどうだい?」
「おはようございます。体調はバッチリ回復しました」
「それは良かった。二人のおかげかな?」
ヴァルナは笑ってリリエルと麻耶のことを見ると、得意げにリリエルは口を開く。
「私が忘れ物をしてここに取りに帰ったらね、凛ちゃんがソファーで座りながら寝ていたの。だから、フェティーちゃんと一緒にベッドに運んで、私も一緒に寝たんだ。あ、フェティーちゃんっていうのがさっきのメイドさんね」
「そういう事だったのか……」
「麗城君の事が心配だったんだよね?」
麻耶を見ると、また顔を真っ赤にして涙目になっていた。
「凛堂、ありがとうな」
「お礼なんていいわよ、バカ……」
天羽が笑ってそう言うと、麻耶はさらに顔を赤くし俯く。
その光景に青春してるなーというような顔でレイシスとリリエルは天羽たちを見ていた。
こいつと青春する気は全くないが、お礼は言わないといけないだろう。
レイシスはコホンと咳払いをして、持ってきた二人分の書類とボールペンをテーブルとベッド横の机に並べて話し出す。
「盛り上がっている所悪いが、これから二人には入学手続きをしてもらう。ここに麗城君と凛堂さんの入学に必要な書類がある。必要なところは私が事前に書いておいたから、間違っていないか確認したら下にサインしてほしい」
書類は全部で五枚あり、名前や住所、今世話になっている男ルネスの事までもが全て間違いなくきれいに書かれていた。
住所とかを教えた覚えはないが……いや、健康診断の情報か。
確認が終わりサインすると、レイシスは書類を再度確認しながら回収して病室の外で待っていた青髪でミディアムボブのメイドスーに渡す。
レイシスはスーが行くのを確認すると、腕を大きく上にあげて体を伸ばす。
「さてと、これで入学の手続きは終わりだ。次はこの学園を案内しよう。麗城君と凛堂さんは、昨日から同じ服で嫌だろうから、とりあえずこれを着てくれ。私は外で待っているから、着替え終わったら呼んでほしい」
そう言って渡されたのは、昨日フェルンが着ていた体育着と一緒のものだった。
上は白色で下は紺色の体育着、特に変わった所は無い。
「私はカーテンの中で着替えるから、あんたは外で着替えなさい。中覗いたら殺す!」
「はいはい」
と、麻耶は天羽を強制的にカーテンの外に出し、リリエルと一緒に中に入り着替え始める。
カーテンの外側でさっさと着替えソファーに座っていると、麻耶が思ったより早く体育着に着替えてリリエルと一緒に出てきた。
「それじゃあ、学園長を呼ぶわよ」
麻耶が外で待っているレイシスを呼びに行くと、腕組みをしながら病室に入ってきた。
「学園長、着替え終わりました」
「では、行こうか。まずは外の施設からだ、ついて来い」
「「はい」」
「気をつけてねー!」
病室を出て行く天羽たちに、リリエルは布団を片付けながら見送ってくれた。
やっぱり、どう見ても病院の先生には見えないな。
そんなことを思いながらも、天羽はリリエルに礼を言う。
「リリもありがとうな、行って来る」
「えへへ、どういたしまして!」
無邪気な笑顔を送るリリエルに、天羽は小さく手を振って病室を後にした。