契約者の務め
「全戦全敗とは……ね」
「この度の戦い、江倉さんと安前さんの二人にとっても良い経験となったでしょう。何せ、同級生には負け無し、上級生には各学年代表以外には全て勝利していますからね」
「僕は五分五分と見ていたんだけれど……フェルン君よりも麗城君の方が本命だったとは」
「それについては、ヴァルナ学園長よりお話をお聞きしましょう」
「そうだね。そのために呼んだのだから」
「はぁ……」
生徒たちが宴会場で楽しく飲み食いをしている中、レイシスは雄山とひつぎに連れられて再び学園長室に来ている。
雄山が窓から紅葉を見てこちらに視線を移すと、同様にひつぎもこちらに視線を向ける。
勘弁してくれ……
頭を掻いて何から話せば良いのか迷っているレイシスを見てか、雄山は再び外を見ながら話し始めるとひつぎも会話を合わせる。
「僕と同じ七竜王の契約者と、アルカナの契約者の二人がペアになるとは。今年の魔闘大会はどうなるんだろうね」
「各学園の精鋭が戦う魔闘大会。前年度は、我が学園の棄権で幕を閉じました」
「大和君と若穂君はとても強かったんだけれど、大和君が学園を出て行った時は驚いたよ。まぁ、能力の半分を失ったとなれば、理由としては十分だと思うが……」
「能力を消す能力がこの世に存在しているとは思いませんでした。一体どこからそんな人材を……?」
「とても恐ろしい能力だよね。そうは思わないかい、ヴァルナ君?」
「……その質問は、代わりに仇討ちをしてほしいってお願いしているのと同じですよ」
「ははは……」
雄山は笑いをピタッと止めて振り返り、真剣な顔つきで話を続ける。
「でも、警戒はしておいた方が良い。今、ディヴィアント学園に対してある疑惑が挙がっているんだ」
「と、言いますと?」
「クローンチャイルド計画だ」
その答えに対して戸惑った。
確かに、ディヴィアント学園が怪しい実験をしているという事は魔法協会で度々話題に挙がっていた。
中でも、ウイルスの遺伝子構造を組み替えて兵器として転用する生物兵器実験、複数の生物の遺伝子や体のパーツを繋ぎ合わせて作る合成獣実験は記憶に新しいが、クローンチャイルド計画なんて聞いたことが無い。
ごくりと息を飲み質問する。
「その、クローンチャイルド計画とは?」
「うん」
雄山は頷くと、再び窓の外を見ながら話始める。
「ディヴィアント学園は危険な所だと周知されているはずなのに、何故毎年学生が入学するのか疑問に思っていたんだ。そして、一つの結論に至った。国が主体でやっている能力診断には被験者の血液が使われていて、それの解析等は全てディヴィアント学園が行っている。その血を使って、ディヴィアント学園は被験者のクローンを作り出しているのではないか、ってね」
「その結論は焦りすぎではありませんか?」
仮にも他校の学園長同士の会談で、そんなことを口走って良いものではない。
しかし、雄山は首を振って否定した。
「根拠無しにこんなことをこの場では言わないよ。これを見てくれ」
渡された写真には、岸波斑鳩女子学園の学生とディヴィアント学園の幼い学生が写っていた。
「似ていると思わないかい?」
「これは……?」
「さっき話した、三年生の若穂君だよ。そして、この子はディヴィアント学園新入生のシビス君だ」
若穂さんは優しそうな目つきで小さい鼻と桃色のほっぺがとても可愛らしい。
そして、シビスさんに対しても全く同じ事が言えた。
強いて言えば目つきが鋭くなっている程度の違いがあるが、百人に似ているか聞いたら百人中百人が似ていると答えるだろう。
「……」
他人の空似とは思えないほど似ている二人は、雄山の考えを確信に至らせるに十分なものだった。
「僕が出来るのは考えを述べることまで。それから先はヴァルナ君の仕事だ。僕は君みたいに魔法協会に対して強い権限を持っているわけじゃないからね」
「岸波学園長のお考えは理解しました。しかし、これは慎重に行動するべきことだと私は判断します」
「そうだろうね。僕も見つけられているのは一人しかいない。もっと大勢いるなら強く言えるんだけれど、ディヴィアント学園の生徒は顔どころか姿を隠すのが得意だからさ、試合に出ている子しか確認出来ないんだ」
「魔闘大会は全国に生中継されています。過去のデータから我が学園の生徒と酷似している生徒がいないか確かめさせます」
「うん、よろしく頼むよ」
「よろしくお願い致します」
「それでもう一つ、麗城君の事なのだが」
「はい」
やっぱり聞かれるかとこみ上がる嫌気をぐっと抑えて真顔を保つ。
「アルカナの力、あれをヴァルナ君は把握していたのかな?」
「いえ、その……試合で見たのが初めてでして、私としても何が起きたのかさっぱり……」
「嘘を言っているようには見えません」
「うん、僕もそう思うよ。だとすれば、僕たちが思っている事よりも深刻な事が起きているのかもしれない」
「それは?」
雄山は右手の人差し指と親指を顎髭にあてながら続ける。
「アルカナの力は人から人へと受け継がれていくものなんだ。それは知っているね?」
「はい。禁書にもそう書いてありますし、我が学園の望月教官も恩師から力の力を受け継いだと話しています……」
そこまで言ってようやく気が付いた。
まさか、と思い一度落とした顔を上げると雄山は頷く。
「ならば、麗城君の審判は、一体どこの誰から受け継いだんだろうね?」
「アルカナの力を持っている人に二重能力者の能力者は過去に存在していません。ヴァルナ学園長もお気づきでないとすると、これには外部の人間が関わっている可能性が高いです」
「私の学園に外部の人間が入る事なんて、至難の業だぞ……篠原たちでも気付けなかったと言うのか?」
「君の学園のメイド君たちを欺ける能力者なんて限られているよ。幽霊でもなければ学園の門を通れないだろうね」
「そんな非科学的な……いや、それを可能にするのが我々の能力だったな」
「うん」
雄山は再び外を見ると、背中で語るようにこう言った。
「全てを知るのはただ一人、麗城君だけだ。彼が失踪しないとは限らない、出来る限り早めに聞いておくんだ」
「あ……」
その言葉で試合直後に言った二人の言葉を思い出した。
『分かりました、全部話します。ただ、あまり公の場で言えないことですから、電車の中でも良いですか?』
『レイシス、私からもお願い。ここじゃ、どうしても言えないの』
麗城君とフェルンはあの能力に関して私に話そうとしてくれていたじゃないか。
隠すならとことん隠し通すべきなのに、なんで言ってくれるような雰囲気を醸し出していた?
「どうかしたかい?」
質問にはっとして我に返る。
「いれ、その、麗城君とフェルンは失踪したりしません。何故なら、二人はあの能力の事を私に言うと約束してくれたからです」
「そうか」
雄山は遠くの空を見ていた。
レイシスも目線を移すと、遠くに見える灰色の入道雲は雷を纏って高頻度にピカピカと光っている。
「明日は荒れそうだね」
「え?」
「何かが起きようとしているんだ。僕たちが知らない所で、何かが」
雄山は顔を落としてこちらに向き直ると、顔を上げて目つきが鋭くなった。
「母よ、我らは貴方の一翼。この世の摂理が崩れるものなら、その者を断じて許すことは無い」
「……」
レイシスが母と呼ばれるのには理由がある。
七竜王は七翼の竜王が集まり初めて一つとなれる。
それぞれの竜王は火、水、木、土、光、闇を司り、残りの一翼はその全てを統括する。
「我は水を司る一翼、腐潮の王・ニヴィンの契約者、岸波雄山」
その一翼は世界を創造し、やがて自らを六つの竜王に分けた。
強大な力ゆえに自分を恐れた竜王は、さらに自分を22の力に分けて世に解き放った。
そして、自分は空となり世界を日々見守っている。
「星界の王・天に、永遠の忠誠を」
そう。
レイシスは、星界の王・天との契約者なのだ。
目を少し瞑り再び開けると、姿勢を低くしてこちらを向く雄山の目には、レイシスの目に浮かび上がった白い紋章が映っていた。
そして、レイシスも口を開く。
「22の力は揃った……揃ってしまった。世界は間もなく復活するだろう。奴は失敗作だ、この世に解き放ってはいけなかった」
「……」
雄山は何も言わない。
ただレイシスをじっと見つめて、言葉を待っている。
「奴は能力者が集う魔闘大会で動き出すだろう。その時が、星界大戦の始まりだ。竜王並びに契約者には負担をかける。申し訳ない」
雄山は首を横に振る。
「我々は貴方に従う。遠慮なく使ってくれ」
「ありがとう」
少し下を向いて目を閉じ紋章を収めると、雄山は笑っていた。
面白くて笑っているわけではない。
自分が必要とされていることに喜びを覚えているのだろう。
ここで沈黙していたひつぎが頭を下げてお礼を言った。
「貴重な体験をさせていただき、ありがとうございます」
「斑鳩君は、僕ら契約者が会談するところを見るのは初めてか」
「はい。フェルンさんとお話していた時とはまた違った緊張感を覚えました」
「そうだろうね。あの時はただお話しをしていただけに過ぎない。フェルン君にも火を司る者としての使命を全うしてもらわないと困るが、それはまだ知らなくて良いことだからね。アルククもヴァルナ君に対して何も言ってない所を見ると、考えは僕と同じのようだ」
「フェルンは契約者の中で最も若い。いや、若すぎるくらいだ」
「私は契約者の使命と言うものを恐れ入りますが存じ上げません。具体的にはどのようなことをするのですか? 差支えのない事でしたらご教授願います」
「僕は水を司るニヴィンの契約者だ。各地の海面温度や雨量の調整、海流の管理とかをしているよ」
「私は世界の安全を見守っている。ただ、全ての力を使えるわけではないから、天の命令という能力で可能な限りのことをしているよ。他の契約者の皆と比べれば大したことじゃない」
その言葉にひつぎは首を横に振る。
「立派なお役目だと、私は思います。ヴァルナ学園長は、その手でフェルンさんを救った。例え、救えた人が彼女一人だけだったとしても、それが出来たのも、その力があるおかげです。私には到底真似は出来ません」
「ありがとう」
レイシスは笑みを浮かべて礼を言うと、雄山に視線を戻す。
「フェルンは私が責任を持って育てます。そして、麗城君からもアルカナの力について聞き出します」
「よろしく頼んだよ」
「失礼致します」
そう言って、レイシスは学園長室を出た。
ずっと気にはなっていた。
麗城君の魔法を消す能力は、私の能力まで消されるとなると、この世の摂理を壊しかねない。
そんなことは起きないと願っているが、万が一の時には私がやらなければならない。
それに、もう一つ気になる事が出てきた。
「いつから、審判の力を持っていたんだ?」
練習試合をしていた時?
それとも、学園に来る前からずっと?
わからない、やはり本人から聞き出すしかないようだ。
「麗城、天羽……」
まさか彼がイヴリシアの教会の出身で、学園に来るまで魔法協会偵察部隊隊長のルネスに匿ってもらっていたとはな。
教会襲撃事件の生き残りがいたのは私としても嬉しいが……
「私はまた、知人を殺めないといけないのか?」
と、廊下の窓に映る遠くの雷雲を見て、ジークの顔を浮かべながらそう思った。




