宴会
相変わらずに高級温泉旅館の雰囲気を醸し出している岸波斑鳩女子学園の宴会場で、聖ヴァルナ・ノワール学園の生徒と練習試合に参加した岸波斑鳩女子学園の生徒が黒く塗られた木のテーブルを挟んで向かい合うように座っていた。
テーブルの上には程よく緑色に濁ったお茶と和風なお菓子が各人の前に置かれている。
宴会と言えば酒を片手に肴や料理を摘まむものだが、学生にはまだ早く岸波斑鳩女子学園流の宴会とはこういった落ち着いた雰囲気のものらしい。
全員の着席を確認した紅葉は、小さなステージに置かれたマイクスタンドの後ろで深くお辞儀をすると、スタンドのマイクを手に取りスイッチを入れる。
「岸波斑鳩女子学園生徒会会長を務めています貝塚紅葉です。まだ明日と明後日があり気は早いですが、まずは、両学園の皆さま練習試合お疲れさまでした。実際に戦った方、そして見学されていた方も、練習試合を通して得たものはあるかと思います。今回得たものを糧として夏に開催される魔闘大会に向けて精進してください。続いて、表彰です。聖ヴァルナ・ノワール学園一年生代表、麗城天羽さん」
「うぇっ!? お、俺?」
「はい。ステージにお上がりください」
一番ステージに近い席にいる天羽ににっこり笑顔でステージに上がるよう手で誘導してくる。
恐る恐る立ち上がると皆の視線が集まる。
さらに恐る恐るステージに上がると、裏から紫苑がトロフィーを持ちながら歩いてきた。
金色に塗装された長細い逆台形の形をしたトロフィーの上には、岸波斑鳩女子学園校舎の模型と雪の代わりに紅葉型のパウダーが入れられたスノードームが取り付けられている。
涼し気な笑顔で紫苑はトロフィーを前に出す。
「全勝おめでとうございます。これは記念にもらってください」
「あ、ありがとう」
「聖ヴァルナ・ノワール学園の皆さまに大きな拍手を!」
『パチパチパチパチ……!』
天羽がトロフィーを受け取ると、紅葉の合図で岸波斑鳩女子学園の皆から拍手が送られる。
自分が聖ヴァルナ・ノワール学園の一年生代表で良いのかと若干疑問に残るが、今は雰囲気を壊さないように黙っていることにしよう。
手を小さく挙げて拍手を止めると、紅葉はマイクを持ち直す。
「麗城さん、ありがとうございました。席にお戻りください」
「あっ、はい」
天羽が戻ると同時に紫苑もステージの裏へと戻っていった。
それを横目で確認すると続けて、
「ではこれより、練習試合お疲れ様会を開始します。皆さま、両手を膝につけてください……それでは、礼」
『……』
慣れないことに我が学園の生徒の半数以上がぎこちなくなるが、これでお疲れ様会が開始されたらしい。
岸波斑鳩女子学園の生徒と向かいになっていない場所には我が学園の見学組が向かい合わせに座っている。
そこから会話が始まり、徐々に岸波斑鳩女子学園の生徒との会話も増えてきた。
真面目に交流会をしているのは対面に岸波斑鳩女子学園の生徒がいるところだけに見える。
その中に当然、天羽たちも含まれている。
天羽たちの前に座っているのは、ステージの裏から戻った紫苑とフェルンの前に佳子、加えて天羽の左のお誕生日席に紅葉が座っている。
十円饅頭と呼ばれる文字通り十円玉サイズの茶色い饅頭を口に入れてお茶をすすりながら早速話を始めた。
「おさらいになるけれど、江倉さんの能力って何だ?」
音を立てずにお茶をすすっている紫苑は湯呑をテーブルに置き答える。
「私の能力は巨大な壁です。元々は文字通り壁を生成して戦う防御系能力者でしたが、壁の厚みや大きさを調整することによって壁の槍を発射する攻撃系能力者の戦い方も出来ます。佳子の能力で相手の位置を正確に判断して壁の槍で串刺しにする戦法を得意としています」
「私の能力も使い続けると疲れるから……短期決戦が一番良いかな……麗城君は経験しているから理解してくれると思うけれど……」
「情報過多で常に頭が痛かったよ。授業の見学で見ていたけれど、安前さんが授業中に寝ているのは少しでも頭痛を抑えようとしているから、で合っているか?」
「恥ずかしい所を見られちゃったね……でも、正解だよ……その様子を見ると、麗城君は能力のオンとオフの切り替えが出来るみたいだね……?」
「全部審判のおかげだよ。この力が無ければ俺も同じ状況に陥っていた。薬でも治まらないような頭痛が一生続くなんて俺には耐えられないよ」
「慣れだよ、慣れ……辛いのは変らないけれど、この能力を持って嫌だなって感じたことは無いよ……」
「自分の能力を何かに応用することが出来る、とか?」
紫苑は再びお茶をすすって、自信満々な顔で天羽を見る。
「私たちが本土にいる時、佳子はこの能力を使って迷子の子を探したり、人混みを避ける迂回ルートを考えたりと自分の能力の正しい使い方を模索していました。この学園に来てからは、授業を通じて自分の能力を見つめ直し、どういう使い方をすれば世の中に貢献出来るのか私たちも含め生徒たちは日々考えています」
「紫苑が言ったように、私なりの答えは出ている……麗城君たちも、授業で自分の能力の正しい使い方について考えさせられなかった……?」
「確かに考える時間は貰った。けれど、俺の能力は相手の魔法を無効化して能力を奪うからさ、便利に使える事ってあまり無いと思うんだ。暴走したこともあるし……」
「でも、助かった命だってありますよ」
と、否定するようにフェルンが天羽を見る。
「ナンシーさんの一件で、天羽さんは私たちを助けてくれましたよね?」
「いや、そうだけれど……」
「聖剣デュランダル、魔素決壊を覚悟した上でナンシーさんは使いました。あのまま聖剣が落ちていたら、見学していた私たちも、ナンシーさん自身も危なかったかもしれません」
「あれは、学園長に頼まれたから……」
「でも、選んだのは天羽さんです」
「……」
「あそこで様子を見ることも出来ましたし、逃げ出すことも出来ました。でも、天羽さんは助けるという選択をしたんです。自分の能力を正しく使うと言うのであれば、あの時の天羽さんの行動は正しかったと私は思います」
「フェルン……」
「天羽さんの能力は、唯一無二の能力なんです。不器用なところもあるかもしれませんが、一緒に正しい使い方を見つけていきましょう」
「そうだな、ありがとう」
「はい」
満足そうな笑顔でフェルンは答えると、パクリと三色団子を食べ終えた紅葉が皿に串を置いて口を開く。
「相棒とは学園生活を始め、日常生活や魔闘大会を共にする大事な人です。相棒同士の理解が深いことは、とても良いことですよ」
「あ、ありがとうございます」
「あ……!」
にっこり笑顔で言われると、天羽たちは少し照れながら二人して同時に口へ三色団子を入れる。
もぐもぐしている中で天羽はふと疑問に思った。
団子を飲み込んで皿に串を置いて紅葉に質問をする。
「そういえば、貝塚さんの能力って何ですか?」
「私の能力は季節操作です。一定空間の季節を操ることが出来ますよ」
「もしかしてですけれど、森の練習場に咲いていた木々の花って……」
「私の能力で四季を分けています。聖ヴァルナ・ノワール学園の皆さまが来るということで特別に、ですよ?」
「常時使い続けて、貝塚さんの魔素は平気なんですか?」
「防御向けの能力でも戦闘向けの能力でもありませんので、消費する魔素は回復する魔素よりも少ないですよ。心配してくださり、ありがとうございます」
「いえ、少し気になっただけですから」
天羽は改めて誾の言葉を思い出した。
『あなた方が使う魔素とは生物から得る力』
魔素が生物から得る力であれば、死ぬ運命しかない天羽たちが魔素を回復する事なんて出来るはずがない。
例えるならば、魔素が入れる器が一日ごとに用意されていて、その日に使った分だけ器に補充して次の日に繰り越すみたいなものだろう。
天羽の考えが合っているとすれば、常に魔素を消費し続けているだけで命のゴールテープを自分で寄せていることになる。
紅葉は天羽たちよりも一つ上の学年、それに誾のことを知っていると言うのならわかった上でやっているというのだろうか?
そんな事を言ったら、魔素決壊を二回も起こしている天羽はもっとゴールテープを近づけているから、人の事を言えないわけだが。
紅葉はお茶をすすり、ふう、と一息ついて天羽を見る。
「心配と言えば麗城さんの方もですよ。魔素決壊を二回も起こしているなんて、お体の方は大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫です。能力も今まで以上にコントロール出来るようになりましたし、この調子で魔闘大会の予選も勝ち抜こうと思っています」
「その結果、自分の命が短くなっても、ですか?」
「……」
「それは、どういう事ですか……?」
フェルンは目を見開いて質問すると、他の席の生徒までこちらを注目し出した。
変な静けさになる中、紅葉は皆の方を見てから再びお茶をすすり一息つく。
「魔素とは生命から得る力、つまり自分の命を削って魔素という力に変えています。例えるなら、一日使用できる魔素の上限が100として、これを超えると魔素決壊になります。そして、魔素決壊からの侵食に耐えると魔素の上限が200に、麗城さんは二回なので400になっているようなものです。魔素が多く使えるようになったという事は、それだけ一日で消費する魔素が増えたという事になります」
ですが、と少し下を向いて顔を上げると、天羽とフェルンを交互に見ながら話を続ける。
「麗城さんはアルカナの力を、フェルンさんは七竜王の力をお持ちです。魔素の事もそうですが、能力全般の事についても普通の人間とは離れた考え方をしないといけないのかもしれません。お二人は、特別なのですから」
「特別……」
「……」
天羽とフェルンは互いに特徴的な部分を見合う。
天羽はフェルンの腕に浮き出た竜の紋章を、フェルンは天羽の髪の毛を。
腕の紋章は天羽の目線に答えるようにドクンと僅かに赤く発光した。
「魔闘大会で勝ち上がる為には、それくらい異質な能力が必要になる場合もありますから、後ろ向きに考えるのではなく前向きに考える事を私は勧めます。しかし、魔素を使わないに越したことはありません。このことをよく覚えておいてください」
「はい……」
元気なく返事をしてから、周りの空気を理解した。
この重い空気を一転させようと天羽は空元気でパッと思いついた質問する。
「そういえば、貝塚さんは二年生でしたよね? 去年の魔闘大会優勝者って、どういう人だったか覚えていますか?」
「はい。去年の魔闘大会優勝者はディヴィアント学園、戦闘科特待生のシビスとゼーロです」
「……!?」
ドキンとシビスという言葉に反応し、反射的にフェルンと目を合わせる。
ロイゼを殺した張本人が魔闘大会の優勝者だなんて予想外だった。
アルカナの力を持っていたロイゼが殺されたのだから、シビスという奴はそれ以上の能力の持ち主なのだろうか。
いや、だろうではない、そうなんだ。
それなら……
「その二人の能力は何ですか?」
「……とても恐ろしい能力です」
お茶を飲む素振りを見せたが、それを中断して湯呑を机に置くとどこか悲しみを思わせるような表情で話し出した。
「シビスは相手に付けた傷を回復不可能にする不癒強刃という能力を持っています。浅い切り傷を多く付けられ、不癒強刃の効果で失血を余儀なくされます。放置すれば最悪失血死となり、治し方は傷を付けられた部分と周りを切除し皮膚と血管を繋ぎ合わせる手術をするか、斑鳩学園長の絶対治癒で治す方法しかありません」
確かに、ロイゼも別れ際にこう言っていた。
『たくさん、きら、れる……』
ただ切られるだけでなく治すことも難しいとは……
審判は失血死を耐える選択よりも、そのまま早く死なせて霊体となる方を選んだのか。
だとすれば、審判の能力だけでは対抗することが不可能ということか?
「そして、ゼーロは触れた相手の能力を消す能力喪失という能力を持っています」
「能力を、消す……?」
「はい。実際に決勝で対戦した妖術と魔法を操る二重能力者の大和お姉さまは、この能力で妖術の能力を消されてしまいました。結果、続行不能と判断した大和お姉さまと若穂お姉さまの敗北宣言により魔闘大会は幕を閉じました」
「大和お姉さまという人は、その後どうなったんですか?」
「『能力の半分の失った私は、もうこの学園にいることは出来ない』と、そう言って学園を出て行ったと聞いています。今、どこで何をしているのかは分かりません。私もお会いして学園に戻ってもらえるようお話をしたいのですが……本土に戻られましたら、お手すきの際に探していただけるととても助かります」
「わかりました。フェルンも良いか?」
「はい。私は天羽さんについて行きます」
「ありがとうございます」
紅葉は天羽たちに頭を下げると、静かになった宴会場を見るや否や、残りのお茶をすすって再びステージに上がる。
「皆さま、お疲れ様会は楽しんでいただけていますでしょうか? お昼もご用意しておりますので、引き続きお疲れ様会をお楽しみください」
紅葉の話が終わるのと当時に宴会場の戸が開き、スタンバイしていたのであろうピンク色の着物を着た女性が数名空になった食器を回収していくと、お昼ご飯が乗った黒いお膳を持って再び入って来る。
大振りな焼き鮭と蕪等の漬物に、白飯と蜆の味噌汁といった典型的な和食だ。
いただきますをしてから美味しく食べている最中に、フェルンの隣に座っている敏文がこんなことを優斗に質問した。
「そういやお前さ、対戦始まった時に臣さんと何か話していたよな? 富岳だか何だかって、あれなんだったわけ?」
「無形・富岳流。俺が習っていた刀の流派だ」
「私は臣流……」
「刀つっても、お前最初と最後しか使ってなかったよな。液体窒素とかスタングレネードとかも使っていたし、それも富岳流だってのか?」
「前提が間違っている」
ズズっと味噌汁を飲み込んで優斗は話を続ける。
「お前は富岳流を刀の流派と考えているな?」
「そりゃな。臣さんと訳ありっぽかったし、刀のライバル? みたいな?」
「半分正解で半分間違いだ。簡単に言えば、臣流は刀を使って戦う流派。対して俺が使う富岳流はその場にあるものを使って戦う流派だ」
「その場にあるもの?」
「例えば、これ……」
と、三葉は自分が使っている箸を上に向けて敏文に見せる。
「勢いよく刺せば……皮膚程度、貫通する……」
「この食器もそうだ。これで殴れば骨くらい砕ける」
「つまり……?」
「木の破片、食器、農具その他色々なその場にあるものを、その場で武器としての使い方を考えて使用するのが富岳流だ」
「元々は、農民が……武器を、持つことを……禁止されたことから、生まれた流派……私の臣流は、武士系……刀、一筋……」
「だから色々なものを使っていたわけね。じゃあ、なんちゃらのこってのは?」
「袴とは強さの位を表すものだ。俺は赤黒の袴」
「私は、白黒の袴……」
「一言で言うと?」
「「とても強い」」
「おぉ……!」
敏文が小さく拍手をすると、息ピッタリの二人は同時にお茶をすすって同時にテーブルへ置く。
「俺は上から三番目、臣は上から二番目に強い。一番強いのは、どちらも黒の袴とされている。富岳流の黒の袴は、最高師範の富岳道明師範が……」
「臣流は、私の姉……臣一葉……」
「師範ってのは知らないけれど、臣さんはお姉さんが一番強いのか。だから、臣さんもあんなに強いわけね」
その質問に、三葉は小さく首を横に振る。
「私は、弱い……姉に、一度も勝てていない……富岳道明、その人なら互角かも……」
「臣さんの強さで勝てないって、白黒から黒の差でかすぎないか?」
「それが、袴……一つ上がれば、倍以上強い……」
「俺たちが勝てたのは、臣が障害を持っていたからに過ぎない。勝利するためには、その弱点に賭けるしかなかった」
「スタングレネードを投げたこと自体が、一か八かだったってことか?」
「目が見えない者は、物体が反射する音を頼りに自分と物や相手の位置を把握する。その音を潰せば、視覚が使えない臣に勝てると考えた」
「なるほどな。それからさ……」
と、他の人たちも岸波斑鳩女子学園の生徒たちと話が盛り上がっているようだった。
仲が良くなれば魔闘大会で手を抜いてくれる、とそんな事は無いだろうが、世界と戦う時に強力な助っ人になってくれるかもしれない。
この人たちに話しても良いのか?
人を信じるというのは、こんなにも難しいことだったのか?
毎日でも食べたいほど美味しいご飯なのに、思ったようにご飯が喉を通らないのは久しぶりだった。




