壁
紫苑は周りの子とちょっと違っていた。
幼い頃から魔法陣を出して色々な形の壁を作って遊んでいた紫苑は、両親から気味悪がられていた。
能力が覚醒する時期は人によって異なるため羨ましがる人もいたけれど、幼い頃から能力を使えたからと言って良いことはほとんど無かったと思う。
原因は、魔素多量症。
生まれて初めて受けた能力診断で判明した紫苑の特性だ。
紫苑は普通の能力者よりも三倍以上の魔素を持っていた。
魔法協会に在籍している十位の殆どはこの特性を持っていると聞いた事がある。
この特性のおかげで一日、二日の能力の連続使用程度では魔素決壊に陥る事は決して無い。
なのに……
「はぁはぁ……何なんですか、あの二人は?」
「疲れているの……? それに、精度も落ちている……珍しいね……」
疲れているのは魔素の使用によると言うよりかは、逃げるために走りすぎてスタミナを切らしているからだ。
ある程度相手と距離を置いて佳子の言う通りに紫苑の能力を使えば勝てる。
そんな試合ばかりだったのに、あの二人は……
おかしい、どうして!
「何故、私たちを追えているのですか? そんな能力、佳子以外は……」
「私の範囲解析と似た能力を持っている……? 左、100m先、左右に……!」
「七竜王の契約者ともう一人、麗城さん……あの方の能力が? 巨大な壁ッ!」
「外れ……でも、まだ距離はあるから観客席側から後ろに回り込んで奇襲しよう……」
「でも、横並びになってしまっては……!」
「大丈夫……魔法陣を出来るだけ小さくして、消費する魔素を抑えながら動きを牽制するの……壁も小さくなる分、鋭くなって早くなる……直線上、75m先、十本連続で交互に……!」
「巨大な壁! 巨大な壁!」
「外れ……でも、これで良い……動きは止まって……紫苑、またっ!」
「くっ……」
『ズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴォォォォォォン!!』
観客席側から回り込もうとしたその時、また大砲が二人に飛んできた。
お互い左右に倒れるようにかわしたが、さっきみたいな余裕はなくギリギリだった。
距離がどんどん迫っている……?
壊された壁の向こうには天羽とフェルンが見える。
「本当にいました、天羽さん!」
「追撃だ、逃げられるぞ!」
「はい! 焔王鎖紅!」
フェルンの目の前に竜の紋章が書かれた魔法陣がいくつも出現し、魔法陣に拳を連続で当てると直径10cmほどの炎の柱が飛び出し一直線に紫苑を狙ってきた。
「逃げて……!」
「巨大な壁!」
『ズゴッ、ズゴッ!』
走りながら壁を出して攻撃を防ごうとしたが、炎の柱は壁を貫いてもなお威力を落とさずに襲ってくる。
こんな簡単に壁を壊されて、だんだんと腹が立ってくる!
しかし、紫苑を真っすぐ狙ってはこなかった。
一瞬だけ、柱の方向に迷いが出たのだ。
壁を貫いて真っすぐに行った後、左へ避けたこちらへ向いて柱が地面に突き刺さる。
射程範囲は、フェルンさんが見える範囲内だけ?
「それなら、巨大な壁!」
視界を塞ぐ程度に二人の周りに壁を作り、明後日の方向に炎の柱が行っている隙に佳子と合流し観客席側へ向かう。
体力はもう殆ど残っていない。
それでも、一生懸命に走って二人との距離をなるべく稼ぐ。
「フェルンさんの攻撃の追尾は視界に見える範囲だけみたいです。このまま逃げ切れば……」
「でも、大砲で壁を貫かれちゃう……距離は50m超えたよ……?」
「斑鳩学園長の能力があれば、たとえ全身を強く打っても確実に助かります」
「紫苑、何をするつもり……?」
「塔を作って壊します。パラシュートや飛行系の能力が無い限りは確実に勝てます」
「わかった……距離は言う必要ある?」
「ありません、全解除!」
『ズズズズズ……』
壁が全て地面に戻ると、およそ50m先に走って向かって来ている二人がいた。
二人が突然全部の壁が消えたことに驚いているこの隙に、二人の足元に超大型の魔法陣を形成する。
しかし、
「巨大な壁、巨塔!」
「まずっ……!」
『キィーン……!!』
魔法陣は何故か跡形もなく全て消滅し、森の練習場に耳が痛くなるような鋭い音が鳴り響いた。
見えるものは、キラキラと宙を舞う綺麗な光のみ。
でも、今の紫苑にその光を眺めるほどの余裕は無かった。
魔法を無効化された……?
ありえない。
そんな能力者、今まで聞いたことが無い。
しかし、現実、目の前で私の魔法を無効化された。
まさか……
「あなたは、魔法拒否の能力者……?」
「いいや……違うね……」
天羽は何故か苦しそうに質問を否定すると、天羽の後ろから緑と黄色の光が突然溢れ出した。
「出来れば見せたくなかったぜ……フェルン、すまん……隠せそうにない……出てこようとするこいつを抑えられねぇ……」
「大丈夫です、ここには私もレイシスもいます。私たちを信じてください」
「ああ……」
さらに出てくる光が増えると、それはだんだんと形を作っていった。
「覚えておけよお姉さま……俺は麗城天羽……記憶奪取と審判の能力者だ!」
天羽がそう叫ぶと、光は確かな形となって現れた。
金色のラッパを右手に持ち、雲のような煙に身を包んだ赤い翼を生やす金髪の巨人。
何かを語っているわけでもない緑色の眼球に、試合場に降りている全員が映っていた。
誰もが上を見上げて驚きと戸惑いの表情を見せている。
「ヴァルナ君、これは一体……?」
「まさか、審判……タロットカードの能力を具現化しただと!? でも、彼はそんな能力を持っていなかったはずだ。何故、その能力を使える……?」
「見ているだけで圧倒される……一旦、試合を中断して我々も加勢した方が良いのでは?」
「その必要はない……!」
天羽はひつぎに向けてそう言うと、後ろに現れた巨人を見上げて言った。
「俺は今、魔素決壊に陥っている」
その言葉に、レイシスはより一層驚いた。
「なんだと!? 君は最初に私の覚醒で既に一回魔素決壊を経験し覚醒しているはずだ。そのおかげで記憶奪取の制御が上手くいっていたはずだが?」
「本当は審判の能力で記憶奪取を制御していたんです。安前さんの能力を二回も奪ってしまったから、俺の能力が今以上に安全さんの能力を引き出そうとして魔素決壊に陥った。でも、今は審判がそうならないように抑えてくれている。審判の能力は復活、改善、覚醒……俺は二度目の魔素決壊による覚醒を今から行う」
「「「二度目の覚醒!?」」」
その言葉に、今度は学園長全員が驚いた。
「魔素決壊で覚醒するのは一度が限度です。二度目も覚醒してしまっては、魔素の量があなたの器よりも過剰になってしまい体が持ちません! 死ぬ気ですか!?」
「そんな事は俺が一番分かっています」
「でしたら……!」
「でもダメなんです!」
天羽はひつぎの言葉をねじ伏せて、棒立ちしている紫苑たちに向き直す。
「俺は……俺たちはもっと強くならないといけないんです。その為に、二度目の覚醒を行います」
「何があなたを、そこまでさせているのですか……?」
紫苑の質問に天羽は少し沈黙し、再び紫苑の顔を見て、
「俺たちには、世界を相手に出来るくらいの力が必要なんですよ」
「世界……あなたは何を言っているのですか?」
「時が来ればいずれわかるさ……やってくれ、審判!」
天羽の言葉に巨人が反応し、金色のラッパを口につけると、
『ブオォォォォォン……!!』
森の練習場の木々が轟音によって激しく揺れ、鳥たちが一斉に羽ばたいて行った。
手遅れながらも耳を塞いだが、聞こえなくなるというような事は無かった。
再び天羽を見ると巨人は既に光となって天羽に吸収されており、紺色だった髪の毛は金色が入ったツートーンカラーになっていた。
天羽は自分の手のひらを見てから握り紫苑たちに向けて手のひらを出すと、直径1mほどの白色と金色の魔法陣が交互に重なり計六層の多重魔法陣が出現する。
「多重魔法陣……まさか、ジークの力をっ! 我、ヴァルナ・レイシスの名の下に命ずる……!」
「大丈夫です、暴走していませんから」
「っ!」
レイシスの言葉に天羽が食い気味で返すと、魔法陣が完全に重なり合って回転し始める。
「約束されし勝利の槍よ、今、汝を長き眠りから解放し、再び我らに勝利をもたらせ。現れよ、幻槍・グングニル!」
『ズオォォォォォォォォォォォォン!!』
魔法陣から金に輝く槍が出現すると轟音と共に紫苑の真横を一瞬で通り過ぎ、振り返ると、直線状にあった木々も砂浜も海も何もかもを一瞬にして消し去った。
抉れた砂浜に海水が一気に流れると、この森の練習場まで海水が押し寄せて水浸しになる。
それから数秒して槍が遠くからこちらに飛んで来て天羽の目の前でピタッと停止し、管を持つと光の粒となって消えて行った。
「もう一発、欲しいか?」
「……」
圧倒的な力の前に「降参」の二文字を言えなかった。
いや、紫苑だけではない。
その場にいた誰もが、今の一瞬の出来事に口を開くことが出来なかった。
「そ、そこまで!」
危険と判断したのか、レイシスが重い口を開いて試合終了を宣言する。
上げた右手を素早く天羽たちに向けながら、
「この試合、江倉紫苑、安前佳子の戦意喪失により、フェルン・ヴァリオス、麗城天羽の勝利とする!」
『パチパチパチパチ……!』
沈黙していた観客席から大量の拍手が天羽たちに送られる。
「負けちゃったね……」
佳子は残念そうにそう言った。
牡丹の着物を与えられた私たちが、負けた……?
しかも、自分たちが売った試合で……
「こんな羞恥……どう説明すれば……」
悔しさで握った拳がとても痛かった。
でも、今はそんな事どうでもいい。
挽回の手段を考えなければ、最悪、牡丹の着物は剥奪されてしまう。
そうなってしまえば、魔闘大会に出る事すら……
「あのさ……」
「っ!」
と、考え込んでいる紫苑の左手を佳子は優しく握った。
見ると佳子は微笑みながら、
「良いじゃん、負けたって……次があるって……ね……?」
「あ……」
何もかもが嫌になって壁の中に籠っていた紫苑を、壁の外へ連れ出してくれたあの時のような優しい笑顔。
ただ一人、紫苑を羨ましがらず、何の意味も無く手を差し伸べてくれたあの時のようだ。
『そんなのいいから、一緒にお昼寝しよ……?』
『お昼寝……?』
『お昼寝ってさ、とても気持ちが良いんだよ……お日様の下で眠れば、嫌な事、全部忘れられるって……ね……?』
『……!』
そう言われて、佳子の手を握った。
いつもマイペースでのんびりとしている。
けれど……だからこそ、いつも考えすぎてしまう紫苑は何度も佳子に救われた。
「……そうですね」
次の機会があるのなら、今度こそ必ず、
「二人で勝ちましょう」
「うん……勝とう……」
こうして、紫苑たちの試合は幕を閉じた。




