秘密の特訓
「まさか、臣君と山河君が負けてしまうとはね。一勝一敗に持ち込めると思っていたんだけれどな……」
「二人は間違いなく強かったです。最初から本気を出されていたら、綾波君と別府君は負けていたかもしれません」
「はは、確かに。臣君も、もうちょっと早く二刀流を使っていれば良かったかもね」
それにしてもと、窓の外の紅葉を見ながら雄山は続けて、
「さっきの件……すまないね」
「いえ、私としては構いません。一年生にとって魔闘大会までの期間は短すぎますから、他校との練習試合を経験させられるのはこちらとしても嬉しいです」
「そう言ってくれるとありがたいよ」
レイシスと雄山は校舎二階、学園長室で畳の上に丸机を挟んで座っている。
二人とも正座で。
レイシスの後ろには天羽の他に咲とフェルンが、雄山の後ろにはひつぎが座っている。
二人が正座しているから天羽とフェルンは半場強制的に正座で座っている。
天羽たちは紫苑の一件が済んだ後、雄山に話があると言われレイシスと共に岸波斑鳩女子学園の学園長室に来た。
他のうちの学園の生徒たちは先に宿へ帰っている。
紅葉たちはというと、紫苑に残るように言われてそのまま森の練習場に残っている。
何をされているのか想像もしたくない。
「それで、だ。江倉君が言っていた三日後……つまり最終日の練習試合、ヴァルナ君は受けてくれるのかい?」
「もちろんです。せっかくのお誘いを断る理由もありません」
「そうか。江倉君はとても強いよ。臣君も強いけれど、彼女たちは勝てなかった」
「相手が誰であろうと、私の生徒たちは勝ちます。そう、信じていますから」
「うん、とても立派だね。それで、相手になるというのが……?」
「はい、この二人です」
唐突に指名された天羽たちは顔を見合わせて同時に口を開いた。
「「足が、痛いです……」」
「はは、無理に正座をしなくて良いんだよ」
「申し訳ございません岸波学園長。二人とも、楽な座り方をしたまえ」
「「はぁぁぁぁ……ぁぁあああああ!?」」
と、目一杯の息を吐きながら足を崩した途端、さらに足が痛くなる。
正座をしていたことにより血管が圧迫されて血の巡りが悪くなり痺れを起こす。
そこで解放された足に血が巡り始めると、細くなっていた血管がふくらまされてさらに強い痛みと痺れが起きる。
で、二人して叫んでいるのが今の状態だ。
「うるさいぞ、二人とも! まったく、君たちは正座も出来ないのか?」
「正座なんて、知らない……」
「病室以来だ……」
「今年は面白い子ばかりだね」
「本当に申し訳ございません……」
天羽たちの痛みが取れたところで、頭を下げたレイシスは顔を上げて話の続きを始める。
「改めて、私の学園から出す最終日の相手はこの二人です」
「うん、七竜王の能力を持った子、フェルン君だね。僕の知る限りだと最年少の契約者じゃないかな」
「ええ。彼女が契約したのは最近ですが、アルククと接触したのは五年前、十歳で契約者となった人物は聞いたことがありません」
「で、もう一人は麗城君だね。どんな能力を持っているんだい?」
「彼は魔法を無効化し、その使用者の記憶から見えた他者の能力を使えます」
「へぇ、とても面白い能力だね」
「ですが、彼は入学時に私の能力を無効化しジークの力を……それほど危険な能力なのです」
「ジーク君、か。確かに危険かもしれない。しかし、それも能力だ。ちゃんと教えれば、麗城君もジーク君のようにはならないよ」
「はい、しっかりと教育いたします」
うんと一息、丸机に置かれたお茶をズズっと飲んで、ニヤッと察しがついているような顔でレイシスに聞く。
「で、何が目的かな?」
「多忙なのを承知でお願いいたします。七竜王の契約者として長い岸波学園長に、フェルンに七竜王の力を正しく使えるよう指導していただけないでしょうか?」
「なるほど、ね。一つ、フェルン君に質問するよ」
「え、はい。何でしょうか?」
「君は、アルククの事をどう思っている?」
「アルククの事、ですか……」
「七竜王との契約はとても過酷だ。それ相応の覚悟と精神力が必要だろう」
「えと、その……迷惑とは思っていません。いつもポカポカしていて、その……」
「言葉に困っているね、質問を変えよう。君は、アルククに何を願った?」
「私は、大切な人たちを守るための力が欲しいと願いました。もう、守られているだけ、逃げるだけの自分は嫌なんです」
即答だった。
アルマが天羽に憑依しているときに中から見ていたが、常人には出来ないような覚悟だったと思う。
両腕を差し出してもなおその力を望んだ。原因はやっぱり襲撃事件だろう。
真っすぐなフェルンの視線が眩しすぎて、天羽は顔ごと目を逸らしてしまった。
「……」
雄山の視線が天羽に向いているのがなんとなく分かった。
何か言いたそうだけれど、それでも言わないのは大人の対応だ。
そうかと言って再びお茶をズズっと飲む。
「うん、良いだろう。教えたところで、一年生最強の江倉君たちに勝てるという保証は出来ないけれど……一つだけ、七竜王の契約者ならではの力を見せてあげよう。能力を正しく使えるようになるとかは、普段の座学で学ぶことと一緒だからね」
「引き受けていただきありがとうございます、岸波学園長」
「良いんだよ。もうすぐお昼だ、宿に帰ればご飯があるだろう。それを食べたら海の練習場に来てくれるかな? 万が一のことも考えて他の生徒には内緒でヴァルナ君たちも一緒にね」
「承知しました。では、お昼を食べ終わり次第向かいます」
「うん、それじゃまた後でね」
「失礼いたします」
そう言ってレイシス、咲、フェルン、天羽は学園長室を後にした。
宿へ帰る廊下には一年生から五年生までの教室がある。
紫苑の服装でなんとなく察しはついていたが、各学年の教室を見ると二人だけ明らかに服装が違う人がいた。
机や人で隠れてはっきりとは見えなかったが、皆、紫苑と同じ黒い着物姿だったと思う。
一年生の教室にはずっと机に伏したままの着物を着た生徒がいたが、あの人が紫苑の相方である佳子さんという人だろうか?
そんなことを考え歩いているとあっという間に狐の宿に着いた。
「おかえりなさいませ」
と、誾は頭を下げて出迎えてくれた。
「ご昼食の用意をしてあります。どうぞ、こちらへ」
靴を脱いで案内されたのは、昨日の夕飯を食べた宴会場だった。
既に他のうちの生徒は全員来ており、美味しそうにカレーをほおばっている。
空いている席は全部で九つ。
四人の分を除いたら、残りは紅葉、閃美、唯、灯、三葉でちょうど五つ……
まだ帰ってこれていないとすると、想像したくはないが紫苑にこっぴどく怒られているか、教育と称して何かされているかの二択だろう。
席について食したカレーは野菜たっぷりでコクもありとても美味しい。
何もなければもっと美味しく感じられただろうにと思いながら食べ終わると、宴会場の戸が開いた。
練習試合前の元気はどこへ行ったのか、紅葉たちの雰囲気はとても重かった。
黙ったまま席に着くが、一向に食べる気配はない。
誾が紅葉に少し耳打ちすると、はっとしたように周りの状況を理解する。
「も、申し訳ございません!」
急に立ち上がり頭を下げると、口をパクパクさせながら何を言うべきか迷っているようだった。
すると、再び宴会場の戸が開き一人の女子生徒が入ってくる。
「ふぁあ……なんかやらかしたみたいだね……」
「安前お姉さま!?」
あくび混じりの眠そうな声で女子生徒が言うと、紅葉は重い雰囲気を吹き飛ばして驚いていた。
赤い花が描かれた黒い和服に寝ぐせではねているブラウンの髪、目には常に涙が浮かんでおりとても眠そうだ。
「紫苑は厳しいからね……ま、元気出しなって……」
「いえ、江倉お姉さまは正しいです。こちらから喧嘩を吹っかけて見事に全敗しているのですから……」
「わしらが相手を舐めすぎておった。油断していたのは事実じゃからな」
「もっと私の連携が良かったら……」
「灯も皆もよくやった……優斗たちは強かった……」
安前という女子生徒はよしよしと皆の頭を撫でて回ると、天羽たちの方を見て一言。
「あとは任せて……」
それだけ言って宴会場を出て行った。
紅葉たちの喜ぶに喜べないような雰囲気から察するに、やっぱり紫苑に何かされたのだろう。
隣にいたフェルンは天羽の服を掴んで小声で話しかけてくる。
「あの、天羽さん。今の人が……?」
「ああ、江倉さんが言っていた佳子さんって人だな。和服も一緒だったし」
「何か、変な感じがしたんです。対戦する相手はまだわかっていないはずなのに、私たちを真っすぐ見ていたというか……」
「魔法陣を出す素振りも見せていなかったし、俺みたいに常に能力を発動している能力者、それも未来予知が出来るような……」
「岸波学園長が言っていたように、私たちに勝ち目は無いのでしょうか?」
「『無敵の能力は存在しない、必ず弱点はある』と、ルネスはそう言っていたし俺もそう思う。今回は勝てなくても良い、魔闘大会で対戦相手に挙がって来た時に有利になれるように情報を集めるだけでも十分だろう」
「そうですね。ロイゼさんのためにも、私たちは勝つべきところで勝たないといけませんからね」
そんな話をしていると、レイシスが来て小声で話しかけてくる。
「二人とも、もう大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「うん、行けるよ」
「よし、じゃあ行こうか」
立ち上がり宴会場を出る前に、レイシスは食事中の紅葉に一言言いに行った。
「貝塚さん、食事中にすまない」
「はい、何でしょうか?」
「麗城君とフェルンは用があって午後の時間、君たちと一緒に過ごす事が出来なくなってしまうが、構わないだろうか?」
「はい、承知致しました。午後は授業見学を予定していましたので、お二人はまた明日に見てもらえれば大丈夫ですので」
「ありがとう。それでは、失礼する」
「はい、お気を付けて」
レイシスが来たところで天羽たちは地下通路から海の練習場へ向かった。
海の練習場に着くと、既に雄山が海に出来た闘技場を見ながら待っていた。
天羽たちに気が付くと、笑顔でこちらに歩いてくる。
「お昼ご飯は満足してもらえたかな?」
「はい、とても美味でした」
「それは良かった」
さてとと言って再び海の方へ向くと、
「ニヴィン!」
『ザパァ!!』
ニヴィンの巨体が、海水を巻き上げながら出現する。
「お呼びでしょうか?」
「ああ、アルククの契約者であるフェルン君に竜装を見せたくてね」
「承知致しました」
「よし、君たちには竜装というものを見せるよ」
そう言って上半身だけ青い着物を脱ぎ始めた。
金色の帯に着物を下ろすような形になると、背中にはフェルンと同じような青い竜の紋章が浮かび上がっていた。
天羽たちの方に向き直すと、何かを握るように右手をまっすぐ前に出した。
「これから竜装の一つ、竜王器を出す。よく見ていて」
目を瞑って深呼吸をすると優しそうな顔とは一転、雄山は真剣な顔つきになる。
黒かった目は青色に光り、背中からも青い光が漏れ出ているのがわかる。
同時にニヴィンの白い目も青く光り出し、虹色の背びれも輝きだす。
「絶海刀・蒼乃太刀!」
するとニヴィンの体が紋章に吸収されていき、青く美しい刀が雄山の手に出現する。
ふうと一息、雄山の顔に笑顔が戻ると再び海の方を向いて刀を構える。
「はぁっ!!」
『ズゴォォォォオ!!』
刀を思いっきり振ると、なんと雄山とフェルンが作った闘技場が斜めに切られて、半分は海に沈んでしまった。
再び天羽たちの方に向き直すと、刀を見せながら説明し出す。
「これが竜王器というものだ。七竜王が持っている力をそのまま武器に変化させて、契約者がそれを使い戦う。武器を出す能力者はいるけれど、七竜王が素材になった竜王器にはどうしても劣る。竜王器は七竜王の契約者にしかできない特技の一つなんだ。まずは武器を出すところまでやってみようか」
「はい!」
こうして、二人の訓練が始まった。




