マカロニは怖い
「まずは、学園長の誤解から解いていこうか」
「私の誤解だと?」
ソファーに腕を広げて足を組みながら座る蓮は、わざとらしい笑顔で話し始めた。
レイシスは蓮に難しい表情を向けるが、そんなことは気にしないで続ける。
「今、学園長はこう思っている。なぜ、自分の魔法が麗城君には通用しないのか。なぜ、麗城君がジークと同じ神器召喚を使えるのか。違うかい?」
「心が読めるなら、わざわざ確認する必要はないだろう」
「使うなと言ったのは学園長だろう?」
レイシスは蓮のことを睨んだが、コホンとわざとらしい咳払いをして場を流す。
「それで、麗城君が使った神器召喚なんだが……結論だけ言えば、これは彼の能力ではない。彼の能力は、他人の記憶から他人の能力を使う能力だ」
「他人の記憶から、他人の能力を使うだと?」
「そう。ただし、能力を使用するには二つ条件がある」
蓮は人差し指と中指を立てながら、
「一つは、相手に魔法陣を使用した魔法を使われること。もう一つは、相手が能力者と戦ったことがあること、この二つだ」
「どうしてそう言える?」
「麗城君は学園長の魔法を無効化した際に、ジークと学園長が戦っている時の記憶が見えた。そして、麗城君はその時にジークが使った幻槍・グングニルを召喚した。俺が覚えている限り、あれを召喚したのはあの時が最初で最後だ」
「あの時、か。いや、それなら今頃学園は微塵も残っていない。麗城君とジークとの魔素の量の差か、それとも意図してあれを召喚したのか」
「俺もそこまでわかるわけじゃない。地下施設は三割ほどやられてしまったが、今は死者が出ずに済んだことを素直に喜ぶしかないね」
「……そうだな」
深刻そうに二人は話しているが、天羽と麻耶には話の内容がさっぱりわからない。
だが、天羽たちにもわかるものがあった。
それは、あの時と言葉を濁している中身だ。
レイシスは地下でジークと殺しあったことがあると言っていた。
つまり、あの時とは殺しあった時の事を指しているに違いない。
情報が世に出回っていないという事は、教会の襲撃事件同様、裏で何かしらの工作がされ世間で話題にならないようにしたのだろう。
そんなことを考えていると学園長はやっと天羽たちに気がついて、無理やり笑顔を作りながら話す。
「とりあえず、麗城君に関してはしばらく様子見だ。魔法さえ受けなければ力が暴走することはないみたいだしね」
「そう、ですか……」
「心配することは無い。もし、もう一度あのようなことがあっても私が絶対に助けてみせる。殺すだなんてもう言わないと誓おう」
「はい、ありがとうございます」
真剣な顔で助けると言ってくれたレイシスが天羽にはとてもかっこよく見えた。
魔法を受けることで発動するなら、確かに魔法を受けなければ暴走の問題はないはずだ。
しかし、天羽の力量が少なくて暴走したのなら、それを高めれば今まで見た記憶の中の能力を自在に使う事も出来るのだろうか?
天羽は目を閉じて手に力を込めてみるが、あの時と同じような強い力は感じない。
殺すという強い殺意を持った言葉は浮かんでくるが、大事な部分が黒く塗りつぶされているみたいな感じだ。
ちらりと蓮を見ると目が合って、その表情から全部見ていたんだなと察した。
「記憶が断片的に残っている、ねぇ……」
「何か言ったか?」
「いや、何でもないですよ」
蓮はわざとらしい笑顔で独り言をごまかすともう一度わざとらしい咳ばらいをして、
「麗城君、君の能力は記憶奪取と名付けよう。これからの訓練次第では、今まで奪った記憶も使えるようになるかもしれないね」
「記憶奪取……」
一瞬、蓮の目が細くなった気がしたが、天羽は能力名のかっこよさに惚れていたので特段気にならなかった。
「記憶奪取か、この学園最強は麗城君で決まりかな」
「魔法を無効化されると治療も難しくなるから、あたしとしては一番厄介なんだけれどね」
「そうじゃん! 自分の意思と関係なく治療系の魔法も無効化してしまうのか! あぁ、くっそ何でこんな能力を俺は持っちまったんだ……」
リリエルの一言で天羽の顔から血が引いていった。
起き上がっていた体を溜息を吐くと同時に再びベッドに寝かせると、麻耶は何とも言えないような目つきで見てくる。
兄である蓮さんと話しているのが気に食わなかったのだろうか?
天羽が再び溜息をつくと、蓮はソファーから立ち上がって、
「じゃあね、麗城君。また会えるのを楽しみにしているよ」
「あ、はい。また」
「それと麻耶……明日一緒に夕飯でも食べよう。その時に知りたいことは全て話すよ」
そう言うと、右手を小さく振りながら部屋を出て行った。
なんだか不思議な人だったな、いつも怒っている凛堂とは正反対だ。これが兄妹というやつなのだろうか?
「バカ……」
何も喋らないでずっと会話を聞いていた麻耶が初めて口を開けると、後を追うように部屋を出ていった。
部屋が静まり返ると、レイシスは背伸びをしながら、
「さてと、私たちも家に戻って寝るとしよう。今日が土曜日で助かったな」
「レイちゃんは学園長なんだから、今日も明日も仕事でしょ? まぁ、あたしも仕事だけどさぁ……」
「今日が土曜日……?」
ちょっと待ってくれ、俺たちがこの学園に来たのは金曜日だぞ。一体何の話をしているんだ?
天羽が頭の上にある時計を見ると、溜息をつきながら苦笑いをした。
「午前0時半……」
時計の針はすでに次の日の時間を静かに刻んでいた。
そりゃ半日も寝ていたらこの時間になるかと自分で自分を納得させる。
レイシスが腰に両手を当てながら、
「君には明日……あ、いや今日か。学園に入学するための手続きを行ってもらう。この学園の事とかも、その時にまとめて話そう」
「は、はぁ……」
どうやら俺がこの学園に入学するのは決定事項みたいだ。
まぁ、こんな異質すぎる能力者を野放しにする方がおかしいと思うが。
すると、天羽の腹から大きな音が鳴った。
『ぐうぅ……』
「半日も寝ていたんだ、昼飯も夜飯も食べていないから仕方ないさ」
「何でもいいから腹に入れたいですよ……」
ヴァルナにそう呟くとガラッと病室のドアが開き、麻耶がペットボトルの水とチーズをトッピングしたグラタンをおぼんに乗せて持ってきてくれた。
麻耶はベッドの横にあった椅子に座り、「ん」とおぼんを目の前に出してくる。
「お腹空いているだろうと思って持ってきてあげたわよ。ほら、早く食べなさいよ」
「あ、ああ。ありがとう」
「それって、冷凍のグラタンだよね?」
リリエルが不思議そうに麻耶に質問すると、申し訳なさそうに答える。
「はい。近くにいたメイドさんに聞いたら、別室から持ってきてくれたんです。ダメ、でしたか?」
「この時間だとフェティーちゃんか……まぁ、あたし用のでも気にしないから大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
麻耶に続き天羽も軽く頭を下げて、ベッドの机におぼんを置く。
メイドさんって事は、朝いた五人の内の一人か? というか、リリのご飯を貰っていると思うとなんだか申し訳ないな。
グラタンを見てからもう一度麻耶を見ると、天羽のことを心配そうに見つめていた。
「どうしたのよ、はやく食べないと冷めちゃうわよ?」
「そ、そうだな。いただくとするよ」
天羽は麻耶の優しさに顔を赤らめて固まってしまった。
「なによ、私のこと見つめて……あ、もしかして動けないの? なら私が食べさせてあげるから、ほら口開けて」
麻耶はスプーンでグラタンをすくい天羽の口まで運ぶ。
その時、スプーンからアツアツのマカロニが俺の右腕に落ちた。
「あっつ!」
「きゃっ、ちょっと何するのよ!」
天羽はいつもの睨み顔になったが、すぐに状況を理解して天羽の右腕に落ちたマカロニをティッシュで取る。
「もう、落ちたならそう言いなさいよ。ほら、はやく口開けなさい、私もう眠いんだから……またマカロニ落ちしちゃうかもしれないわよ?」
麻耶は小悪魔のような笑顔で天羽にグラタンを食べさせる。
そして、いつもとは違すぎる麻耶に対し気がおかしくなりながらも天羽はグラタンを完食した。
「それじゃ、私行くからね」
「あ、あぁ……」
麻耶がおぼんを持って部屋を出ていくのを見送ると、レイシスとリリエルもカバンを持って出て行こうとする。
「それじゃ、あたし達も帰るから。何かあったらナースコールで夜勤のメイドを呼んでね」
「朝になったら私が学園を案内しよう。起きた後であまり眠れないかもしれないが、沢山歩くことになるからちゃんと寝ておくこと。電気消すぞ」
「はい」
二人がおやすみと言って出て行くと、天羽はベッドのカーテンを少しだけ開けて窓の外を見る。
夜空には、綺麗な三日月と沢山の星が輝いていた。
「教会から逃げた夜も、こんな三日月だったな……」
嫌なことを思い出す前に、天羽は布団をかぶり横になった。