操り人形の抵抗
「我が元に現れよ、望むのは大地を揺らす勇者の大剣」
試合開始の合図と共にナンシーは詠唱を始め、瑠璃子は何もせずにただじっとナンシーを見つめ立っている。
ナンシーは右手に出た三角形で紫色の魔法陣を地面に叩きつけると、魔法陣が広がり中央から特別な装飾等は無い灰色の大剣が出てきた。
大剣を手に取り瑠璃子めがけて振りかぶり切りかかったが、攻撃する動作が大きすぎたせいか瑠璃子は軽い身のこなしで攻撃を避ける。
行き場を失った大剣は地面に当たり、詠唱で言っていた通り大地を揺らすかのような衝撃が観戦席まで伝わる。
直後、瑠璃子が揺れによって少しバランスを崩したその隙にナンシーが再び切りかかろうと振りかぶる。
「はぁっ!」
「……っ!」
すると、瑠璃子は右手を横に振り、ナンシーの大剣は誘導されるように左へ流された。
ナンシーは何が起きたのかわからず、大剣と瑠璃子を交互に見ている。
「アレ、おかしいネ? もういちド、とりゃぁ!」
「っ!」
重そうな大剣を軽々と持ち上げ再び切りかかるが、再度右手を横に振ると大剣は瑠璃子の右に大きくそれて結界の壁に当たる。
今のところ瑠璃子はただ立ったまま手を振っているだけ。
この状況を不思議に思った優斗はつまらなそうにつぶやく。
「あのヴィクトリアとかいう奴、ふざけているのか?」
「いいや、ナンシーは真剣だよ。この状況は宮本の能力である修正が生み出しているんだ」
「修正?」
「宮本は物体の軌道を自分の思うように変えられると言っていた。何もなければナンシーの攻撃は確実に宮本に当たっている。でも、大剣の軌道を逸らされているせいでナンシーの動きもわざと外しに行っているように見えているんだ」
「大剣の軌道を変えることでヴィクトリアの行動をも自分の思うままに修正するのか」
しかし、天羽には一つ疑問に思うことがあった。
懇親会の時は目を閉じてペンの軌道を変えて見せたのに、わざとらしく手を横に振って軌道を逸らしているのはどうしてだ?
試合に目線を戻すと、ナンシーは距離をとってから大剣を自らの拳で砕いて再詠唱する。
「我が元に現れよ、望むのは屈折する光の刃」
ナンシーが両拳をぶつけると、間に浮いた魔法陣から形がわからない剣を二本取り出した。
観戦席からは剣の形が真っすぐにも見えるし曲がっているようにも見える。
常に形を変えているためずっと見ていたら酔ってしまいそうだ。
ナンシーは大きく振りかぶって両手の剣を瑠璃子に投げる。
「はぁっ!」
確かに見えない剣なら修正の能力を受けないかもしれない。
誰もがそう考えていると、瑠璃子が静かに目を閉じ両手を素早く交差させる。
『パキィン!』
次の瞬間ガラスが割れるような音がした。
見ると瑠璃子の目の前でナンシーが剣を砕いた時に出るような光の粉のようなものが輝いている。
目を開けるとナンシーは震えた声で言う。
「そんな、これでもダメなノ……?」
「私に当たる直前に、短剣の刃同士をぶつけました。見えていなくてもどこに物体があるかはわかります。そして、あなたは剣を消す際に毎回刃を砕いていましたよね?」
「くっ……」
「剣の弱点は正解みたいですね。ですが、これだけではないのでしょう? あなたの顔にはまだ余裕があります」
「そうネ。それなら……」
ナンシーは観戦席に背中を見せる位置に移動し、両手を中央にいる瑠璃子に向けて詠唱を始める。
「我が元に現れよ、望むのは天へ届く無限の柱」
唱えた瞬間、展開された魔法陣の大きさに瑠璃子は目を大きくして横へ飛ぶ。
「オベリスクッ!」
直径3mはあるだろう魔法陣から飛び出したのは、見たことが無い文字が書かれた石の柱だった。
オベリスクと呼んだその柱は、全身を見せる前に勢いよく結界の壁に激突し光となって消滅する。
頭スレスレで回避できた瑠璃子だったが、右のおさげが柱に当たりほどけてしまっていた。
手ごたえはあったがまだ足りない。
ナンシーは再びオベリスクを出そうと両手を向けるが詠唱を始めようとせず、魔素切れ寸前という事を察した瑠璃子は煽るように話しかける。
「軌道を変えられない柱での攻撃は見事でした。それでも、当てなければ私に勝つことは出来ません。どうしたのですか、今なら当てられますよ?」
「……」
悔しそうに歯を食いしばると、一呼吸おいて目つきが変わる。
「ねぇ、瑠璃子。剣を渡すから私と真剣に戦って。受け流されるだけの戦いなんて私は嫌だよ」
ナンシーの低い声にはいつもの訛りが無く、天羽はいつぞやの守衛様と対面した時と同じくらい寒気がした。
「私は自分の能力を使って戦っているだけです。それになにか文句でも?」
「そう。そうね、なら私も一撃で終わらせる。文句言わないでね」
瑠璃子の言葉にナンシーは下を向き残念そうに答える。
これから何をするのか天羽たちにはわからなかったが、その言葉にレイシスは過剰なまでに反応していた。
「……ナンシーの奴まさか!」
天羽たちは急に声を裏返すレイシスに振り向くと、レイシスは観戦席の壁を叩いてニモンではなく天羽に助けを求める。
「麗城君、今すぐ彼女を止めてくれ!」
「ニモンさんでは、なく俺がですか?」
「ニモン殿でも防げない、聖剣を出される前に魔法陣を消さないといけないんだ!」
「……何でそんなに焦っているんですか? 俺たちが試合に干渉するのはいけないことでは?」
直後、結界の天井にオベリスクの時とは比べ物にならないくらいの巨大な魔法陣が出現する。
レイシスはさらに焦りをあらわにして天羽に言った。
「君が使ったジークの神器召喚のように、彼女も自分が望む力を持った本物の英雄や神クラスの武器を召喚できるんだ!」
「まさか、幻槍グングニルと同じ……いや、それ以上のものを?」
「聖剣を落とされたら終わりだ、早く!」
「くっ……ニモンさん、壁を開けてください!」
「わかりました」
ニモンに観戦席の壁に穴を開けてもらい天羽は走って試合場に出て行くが、一歩遅くもう詠唱が始まっていた。
「我が元に現れよ、有象無象を切り裂く伝説の聖剣」
「まずい……!」
「デュランダル!」
願い届かず、銀に輝く剣が魔法陣から落下した。
もう止められないと思ったその時、ニモンが杖を地面に突き刺して詠唱を行う。
「十重重障壁!」
すると、剣の真下に分厚い光の壁が10枚出現し何とか止めようとするが叶わない。
剣はガラスを割るようにパリィン、パリィンと壁を簡単に貫いていく。
しかし、魔法陣は出現したまま、まだ聖剣の柄部分は出ていない。
まだ間に合う。
でも、どうやってあの位置まで?
天井まではその場でジャンプしても当たり前だが届かない。
何かを使って天井まで行く必要がある。
周りに使えそうなものを探していると、玄徳がバレーのレシーブをする体勢になり叫ぶ。
「麗城、乗れ!」
「……そういうことか、わかりましたっ!」
勢いよく前に出された腕に飛び乗ると、玄徳の全身の筋肉がボコッと膨れ上がる。
男らしい叫び声と共に振り上げられるとちょうど聖剣が出ている魔法陣下で止まり手を伸ばした。
「とどけっ……!」
魔法陣に手が触れた次の瞬間、
『パリィン……!』
魔法陣と聖剣はガラスのように割れて光となって消えて行った。
その時、
『いや、やめて……』
「くっ……」
『来ないで……誰か……』
ナンシーの記憶が天羽に入ってくる。
数人の能力者らしき人に囲まれ襲われそうになっている。
とても怖い、殺される、誰か助けて、そういう恐怖の感情が生々しく天羽を蝕んでいった。
「審判……!」
『……!』
暗い霧が晴れるように、ナンシーから読み取ってしまった記憶が天羽の頭の中から消えていく。
脱力したように落下し玄徳にお姫様だっこされる形で着地すると、ニモンが出した光の壁はあと一枚しか残っていなかった。
安堵したレイシスと対照的に、玄徳は天羽を下ろすと怒りをあらわにしながらナンシーのもとへ行く。
「殺すようなことは禁止だと始めに言ったはずだが?」
「どうせ能力で剣の軌道をずらされて当たらなかったでしょ?」
二人が並ぶと背丈は同じで、改めてナンシーの背の高さに驚く。
とても冷たい空気になる中、玄徳の右手が上がると、
『パァン!』
痛そうな音が結界内に響きわたり、それでもナンシーと玄徳の目線は外れない。
「言いたいことはそれだけか?」
「気に入らなければすぐに手をあげる。悪い大人って皆そうよね」
「それが俺の仕事だからな」
玄徳はナンシーの胸倉をつかみ、自分の目線よりも高いところまで軽く持ち上げる。
「いいか、俺たち教官は自分の能力を一ミリも使いこなせないクソみたいな能力者のお前らに、能力の正しい使い方を教えるために国の税金を貰って一から教育してやっているんだ。犯罪を犯す能力者になったのなら教官として世界の安全のために然るべき行動をとる。教官の言う事が聞けないならさっさと学園を出て一般人と同じ生活に戻れ」
『ドスッ……』
地面に叩きつけるようにナンシーから手を離すと、険しい顔のまま瑠璃子を見て、
「この試合、ヴィクトリアの反則負けとし宮本の勝利とする」
「……」
瑠璃子はナンシーを見るが目を合わせてくれない、こっちを見るなと崩れた背中が言っているようだった。
そして、ただただ静かな空間となりレイシスがナンシーの肩に手を優しく乗せる。
「能力は使い方によっては人を殺せる武器にもなる。君は一度失敗した、なら次から失敗しないようにすればいい。今後気をつけること。それと、言わなくてもいいから麗城君に感謝しなね?」
「……うん」
涙声のナンシーは、いつもの明るい彼女とは正反対でとても驚いた。
瑠璃子を殺そうとしてしまったことに後悔しているのか、または玄徳に強く怒られてそうなったのか、それは本人以外知らないことだ。
レイシスが目でニモンに合図を送ると、結界を解除しナンシーはとぼとぼとどこかに歩いて行った。
「麗城さん、この度はナンシーがご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。それと、助けていただきありがとうございました」
瑠璃子が天羽に頭を下げると、レイシスも寄ってくる。
「私からも礼を言わせてくれ。麗城君がいなかったら大変なことになっていた、本当にありがとう。記憶の方は大丈夫なのか?」
「はい、問題ないです。意識はしっかりしています」
「そうか、なら良いんだが」
審判の力で何とか暴走は抑えられている。
読み取ってしまった能力に発動の可否を判断する審判の力は天羽にとってとても相性のいい能力だ。
ただ……
もし読み取ってしまった能力を審判が認めてしまった場合、俺はどうなる?
「……」
「どうかしたのか?」
「あっ、いえ、何でもないです。それよりも……」
レイシスの言葉で我に返ると、瑠璃子に冗談を言うように軽い感じで言う。
「ナンシーを慰めるのはお前の役目だぞ?」
「そうですね、彼女が引きこもりにならないように努力はします」
瑠璃子は作り笑顔でそう答えると、レイシスに一礼をしてからナンシーの後を追いかけるように歩いて行く。
レイシスは瑠璃子を見送ると、残った生徒に対して授業終了を言い渡した。
「皆、模擬戦お疲れ様。最後の試合が終わって残ったのが君たちだけなのは少し驚いたが、それでも皆よく最後まで戦ってくれた。この模擬戦には自身の能力向上と同室の相棒《パートナー》との絆を深めるという目的以外に、今年の夏開催予定の魔闘大会に向けた学園予選の準備という目的もある。入学して間もないが、学園予選は来月から始める予定だ。皆、それまでに少しでも自分の能力を磨いて強くなってくれ! 以上、各自解散」
「「「ありがとうございました」」」
こうして、模擬戦の全試合が終了した。




