魔素決壊《エナブレイク》
「グル、アァ……アアアァァァァ!」
悲鳴にも聞こえる雄叫びが結界内を巡る中、ニモンは堂々と暴れる竜二の前に立っていた。
結界と壁に挟まれている竜二は手足を動かして必死に抜け出そうとするが叶わない。
自慢とでも言いたそうな白いひげを撫でながら、ニモンはどんどん壁を押し込んでいく。
「残念ながら抜け出そうとしても無駄です。少しは落ち着いたらどうですかな?」
「グウゥゥ……ゥゥゥ」
「そうです! 落ち着いて、落ち着いて……ほいっ!」
「グアッ!」
指を鳴らして壁を消すと当然のように竜二は攻撃してくるがニモンには当たらない。
振り返って二発目と言ったところでまたも壁に攻撃を防がれてしまう。
「本能のままに攻撃しては当たりません、それは当然です。いいですか? もう一度、落ち着いて、落ち着いて……自分が何をしたいのかを考えるのです」
「グ……アァ……あ、お……お……」
「お、何ですか? 言ってみなさい!」
「お……お、れは……かち……たい……」
言葉を話した。
その光景にレイシスですらも驚いていた。
ウソだろうと、本当にやってみせたというのかと、顔がそう語っているようだった。
当然、魔素決壊の当事者である天羽も驚いた。
自分が初日に魔素決壊を起こしたときは正気に戻ることが出来なかった。
しかし、竜二は少しずつだが自我を取り戻してきている。
ニモンはとても綺麗な花を見たかのような顔をして竜二に語りかける。
「勝ちたい? 誰にですか?」
「お、ま……えに……かちたい……!」
「私に勝ちたいと? 良いです、良いですよ! さぁ、あなたの成長を見せてください!」
「グルゥゥア!」
壁を消すと竜二は獣のように攻撃をするがやはりニモンには当たらない。
しかし、避けたニモンに空いた左手で爪の追撃を行うと、タキシードの一部を割くことが出来た。
脇腹を見て破れたタキシードを確認すると、ニモンはそれに喜んでいるようだった。
「そうです、考えて攻撃するのです。避けられたらどうするか、当てた後にどう動くべきか、一手一手を考えながら動くのです」
「グ……ウゥ……」
気のせいか、竜二の目に光が戻ってきているように見えた。
最初の時よりかは落ち着いているし、わざとらしく置かれた壁もぶつからずに通っている。
一歩一歩ニモンに近づき、考えながら動いている。そう、天羽には見えていた。
「グアッ!」
「そうですそうです! 自分が今どうしたいのか、落ち着いてよーく考えてみなさい」
「グゥ……ア……あぁ……」
呼吸が荒くなる。
今まで出していた力が抜けたように、竜二の体は左右に揺れ動いている。
頭と足を手で抑えて必死に立っていようとするがもう限界らしい。
ついに膝をついてその場に竜二は倒れてしまう。
ワニのようになっていた全身は人間の体に戻り、ニモンが近づくと顔を上げて答える。
「全力でも……勝てませんでしたか……」
「私のタキシードを割いただけでもすごいことです。一本取られましたよ」
「……ありがとう、ございます」
「立てますか?」
「あはは……ちょっと、無理みたい、です……」
気絶するように、竜二の頭は勢いよく地面に叩きつけられた。
結界の外に控えていた救護班が開いた結界内に入り急いで竜二を担架で運ぶと、朱里はとても心配そうにその後姿を見ていた。
「……」
「坂本くんはこれから集中治療室で検査を受けるの、一緒に行って外で待つ?」
「別に、あいつの事なんて……」
「今くらい、正直になっても良いんじゃない?」
「……はい」
「うん。じゃあ、行こうか。レイちゃん、後はお願いね」
「ああ、大丈夫だ」
リリエルの言葉で朱里のツンデレが折れると、天羽たちに一礼をしてからリリエルと共に校舎へ行った。
「……ふぅ、終わりましたね」
杖を突いて言うニモンの顔にはまだ余裕がある。
最初からこうなることが分かっていたのか、それとも想定以上の功績に満足しているのか、それは本人以外誰にもわからない。
ただ、言えることはニモンは本当に凄い人だという事だけだ。
リリエルと朱里を見送ったレイシスはニモンにお礼を言う。
「流石です、ニモン殿。坂本君を元に戻していただき本当にありがとうございます」
「いえいえ、十位の一人として当然のことをしたまでです。見られていては、失敗は許されませんからね」
レイシスの言葉にニモンは含みを持たせて答える。
「それは、私たちに見られていてという事ですか? 確かに生徒の面前ですし、失敗する姿を見せる訳にはいきませんが……」
「それがですね、皆さん以上に厄介な方がいらっしゃるようでして……」
「厄介とは言われたものだな」
ニモンが見上げると、結界を突き破って上から一人の男が降ってきた。
青髪短髪の眼鏡で灰色のローブは足元に展開された青い魔法陣から出る風でしなやかに靡いている。
レイシスは結界が壊されたことよりも、その男の登場自体にとても驚いていた。
「これはこれは……どうかなされましたか、ルキさん?」
「ふん、厄介者呼ばわりしていたくせによく言ったものだ」
「……まさか、本当にルキ殿なのか?」
「うん?」
声に反応すると、ルキは生徒たちを見て仕方なさそうに挨拶をする。
「魔法協会の十位が一人、No.9空遊のルキだ。久しぶりだな、レイシス学園長」
「はい、魔闘大会でお会いした以来です。何年ぶりになりますでしょうか」
「さぁな。それよりも、俺は再会を喜びに来たのではないのだよ」
「と、言いますと?」
ニモンが質問をすると、ルキは天羽たちを見下すように見ながら言う。
「聖ヴァルナ・ノワール学園から異常な魔力を感知したという報告がディーンからあってな、イクシルがニモンだけでは心配だと言うからわざわざ俺が来たって事だ」
「なるほど、私はそろそろ退役ですかな」
「知らん、それはカグラが決める事だ」
無駄話はいいと言って再び天羽たちを見ると、一人一人眼鏡の奥から睨みつけるように確認していく。
そして、小さな鼻息をついてフェルンを見た。
「こんな小娘が七竜王の契約者か。一体どうやって契約したのやら……その腕の紋章は落書きではないだろうな?」
怖い者知らずのフェルンは出したい怒りの感情を胸の中に抑えながら真っすぐと目を見て返す。
「大樹の王・ゼビルズの契約者だったアルマの力を借りて、溶焔の王・アルククと契約を果たしました。竜王の紋章を落書き呼ばわりするなんて、あなたはとても失礼ですね」
「喧嘩を売る相手は選んだ方が良いぞ、クソガキが……」
ルキさんは顔に青筋を出しながら右手人差し指を前にしフェルンの顔に向けると、とても小さな青い魔法陣を展開し空気弾を発射する。
しかし、空気弾は突如として現れた白い炎に燃やされて黒い煙になってしまった。
「……その程度ですか?」
「なっ!? くそっ、このガキが!」
「全く、いい加減にしなさい!」
ニモンがキレ気味に言うと、ルキの四方を囲むように分厚い光の壁が出現する。
「残念ながら、あなたがフェルンさんに勝つことは不可能です。さっさと諦めて帰りなさい」
「十位の俺が恥を晒して帰れるか!」
「……私を本気で怒らせたいのですか?」
「……チッ、今日の所は帰ってやる」
「そうしてください。チェイムが寂しがりますよ」
そう言われると、足元に青い魔法陣を出しながら後ろ姿でフェルンに言う。
「フェルンといったな、次会った時は殺してやる……」
突き破った結界の隙間から出て行くと、ニモンとレイシスは大きな溜息をつく。
そして、ルキの代わりにフェルンに頭を下げる。
「魔法協会を代表する者があのようなことをしてしまい申し訳ございませんでした。帰ったらきつく言い聞かせておきます」
「いや、あの、謝られても困ると言いますか……その、ですね……」
涙目で俺を見られても助けられん。
知らん顔してそっぽを向くと頬をぷっくりと膨らませ、足の脛に火がつき軽い火傷をした。
「本当にヒヤヒヤしたぞ。君とルキ殿が喧嘩をしたら学園が無くなってしまうところだった……」
「いや、本気で殺り合おうとしたわけじゃないから!」
「竜王と契約した者は、皆癖があるものですなぁ」
ははと笑いながらニモンは壊された結界を直していく。
完全に修復するまでは一分もかからず、直ったところで皆に向けて杖を突く。
「さぁ、結界は直りました。まだ模擬戦をやっていない方はおられますかな」
「ハイハーイ! やっと私たちの出番ネー!」
「はぁ、そんなはしゃぐことでもないでしょう……」
感情が対照的なナンシーと瑠璃子が前に出ると、再びニモンは観戦席の前に壁を作り玄徳らに合図を出す。
受け取った玄徳は二人に間合いを取らせ構えさせる。
「本気出したら死んじゃうかもだケド、死なないでよネ!」
「あなた相手に死ぬ気はありませんよ」
「試合開始!」
そして、最後の模擬戦が今、始まった。




