合成獣《キメラ》
「試合開始!」
「行きます!」
「かかってきなさい」
渉の合図と共に試合が始まり、先に動いたのは竜二だった。
「獣身化、ゴリラ」
殴りかかりながら詠唱をすると両腕がゴリラのような毛深く黒い腕になり、朱里に対して重い右ストレートをくり出す。
しかし、腕の重さ故に動きが鈍くなってしまい攻撃を楽にかわされてしまう。
叩きつけられた拳は地面に深いヒビを発生させ、その威力は観戦席からも見ることができた。
「まだだっ!」
重そうに腕を持ち上げながら、もう一度右ストレートをくらわそうとする。
あまりにもわかりやすく真っすぐに向かう拳は、素人でも避けられるのではないかと思った。
しかし、
「宝石強化ッ!」
朱里が肺の空気を全て出すような勢いでそう言うと、エメラルドグリーンになっているツインテールの部分が宝石のように輝き出し、竜二の攻撃に対抗するように左拳で拳に殴り返す。
「ぐあっ……」
「すぅ、はぁ……」
拳同士がぶつかると竜二は結界の壁にぶつかるまで弾き飛ばされ、朱里が深呼吸をすると宝石のように輝いていたツインテールが元に戻る。
朱里はもちろん特殊なグローブ等はつけていない。
人間の力でゴリラの力に勝つことはまず不可能だろう。
しかし、それをやって見せた朱里の能力は一体何なのか?
膝をついて立ち上がる竜二は朱里に問いかける。
「……俺の拳に素手で押し勝つなんて、やはり畑槻さんはすごい能力を持っているね」
「私はただ宝石の力を借りているだけよ、今のところ使える力はエメラルドだけ。詳しくは知らないけれど、忍耐力や疲れをとるような効果があるみたいよ。何か参考になったかしら?」
「少しは、ね!」
見下すような言葉に火が付いたのか、竜二は再び拳を構える。
「獣身化、ライオン、バイソン!」
すると、竜二の手はライオンの前足のようになり鋭い爪が地面に食い込むのがはっきりと見える。
足は牛の後ろ足となり、地面を削り土を飛ばしながら朱里との距離を一気に詰める。
勢いよくとびかかり爪で攻撃しようとする様は、まるで本当の獣のように見えた。
「二つの力? そんなもの、宝石強化ッ!」
朱里は正面で受け止めることを宣言しているかのように一歩も動かず、再び宝石強化を使用しツインテールを輝かせる。
「獅子牛のかぎ爪っ!」
「くっ……」
カウンターの右ストレートは竜二の右拳に当たるが、代わりに左の爪が朱里の右腕に傷を負わせた。
竜二はただ突撃したわけではなく、殴りがだめなら傷による蓄積ダメージを与える戦法に変えたようだ。
朱里の右腕からは赤黒い血が地面に落ちているのが見える。
忍耐力を上げると言っていたが足にふらつきが見え、こちらから確認できる以上に傷は深いらしい。
獣身化の能力は自分を合体動物、つまりキメラと呼ばれる伝説上の生き物にすることで、色々な動物の力を持てるというもの。
対して朱里の宝石強化は宝石に秘められた力をそのまま自分が使う事が出来るという能力。
おそらく、ゴリラの右ストレートを弾き返せたのは左腕にかかる衝突時の負担を疲れとみなし、常に疲れを取ることで相手のパンチの威力を吸収しゼロに近づいたところで返す、といったところだろうか。
だから、一瞬で傷を負わせるような刃物等による攻撃にはとても弱い。
……なんてことを綾波は考えているんだろうなぁ、綾波は。
「なるほど、考えたな」
横目で見ると優斗は笑みを浮かべ楽しそうに試合を見ていた。
戦況は朱里が若干不利だ。
失血で朱里が先にダウンするか、竜二に何か一撃を与えられるかで勝負が決まるだろう。
すると、朱里が深呼吸をし竜二も身構える。
「宝石強化」
「またエメラルド? ならかぎ爪で……」
「ルビー!」
「ッ!」
直後、竜二の頬に朱里の右ストレートが炸裂した。
瞬きすら許されないほどの一瞬の出来事だった。
朱里の髪がエメラルドグリーンから透き通った赤色に変色し、カウンターも出来ないほどの速度で右ストレートを叩きこんだ。
竜二は体を一回転させながら地面に倒れ、変化していた腕と足が元に戻る。
「くっ……エメラルドじゃ、ない?」
「私も驚いたわ。あんたに負けたくないっていう意思がルビーを使わせてくれたのね……っ」
しかし、朱里も傷の痛みと出血を防げているわけではない。
お互いに膝をつきながらにらみ合う形となり、勝負は後一発どちらが先に入れるかにかかっていた。
「降参してくれないかな?」
「それはこっちのセリフよ。さっさと降参しなさい」
両者フラフラと立ち上がりながら、息を切らして捨て台詞をはく。
電撃のようにピリピリと伝わってくる二人の闘争心は、何か訳ありのように感じた。
「獣身化、クロコダイル!」
「宝石強化」
二人が勝負を決めに行こうとしたその時、突然竜二は胸を抑えながら苦しみだした。
「ぐっ、あぁ……」
「……どうしたのよ、さっさと来なさいよ?」
「あ、ああ。ああ、アアアアアァァ!」
低くなる叫び声と共に、竜二の体は見る見るうちにワニのような鱗に包まれていく。
口が尖り、目も鋭く、頭も体ももはや人の形をとどめていなかった。
「……何、ワニのような見た目になって? それが奥の手だっていうの? そんなんで私は……」
「グアァァァアア!」
余裕を見せようと強がる朱里など見向きもせず、ただまっすぐに竜二は朱里に殴りかかる。
怯まない竜二に驚いたのか、朱里は腰を抜かしてしまう。
「ひっ……」
「守れ!」
「グッ!?」
重い拳が当たる直前、ニモンは杖を朱里に向けながら小さな光の壁を朱里の目の前に出現させる。
間一髪で守られた朱里は涙目でこちらを見ているが、今はそれに構っている余裕はない。
ニモンは壁から出て、壁の一部に隙間を作ると試合場に残った渉らを観戦席に避難させようとするが、レイシスは朱里を無理やり立たせながらニモンへ早口で言う。
「ニモン殿、彼は魔素決壊を起こしています。対応は我々で行いますので、ニモン殿はリリや畑槻さんと一緒に壁の中へ避難してください」
「心配ご無用です。ここは私一人で彼を鎮めて見せましょう」
「危険すぎます! ニモン殿にもしものことがあったら……」
「私は仮にも十位の一人です。この程度、鎮められなくては十位を名乗る資格などありません」
「……わかりました」
ニモンの名に汚れが付くと判断したレイシスは渋々壁の中へ避難し、竜二とニモンの二人きりになる。
杖を地面に一突きして壁を閉じると、まるで授業をするかのように淡々と話し出す。
「魔素決壊とは、魔素を使い切った後に起こる激しいめまいや頭痛等の症状、あるいは魔素に体を蝕まれ自分の意思とは関係なく能力が暴走してしまう症状。そう珍しいものではありません、よっ!」
「グアッ!」
的を変更した竜二の拳がふりかかるも光の壁で防がれてしまう。
杖を前に出すと壁も前に動き、結界と壁の間で挟まれる形となった竜二に笑顔で語りかける。
「聞こえますか? これは一つのチャンスです。魔素決壊を起こす人は珍しくありませんが、そこから正常に戻る方は珍しいのです」
必死に抜け出そうと抵抗する竜二をさらに押しつぶしながら、ニモンは言う。
「一度魔素決壊を起こした者はその反動から二度と能力が使えなくなったり、能力を操ることが困難になったりする方が殆どです。しかし、正常に戻る方の中には今まで以上に強力な能力者として覚醒する方もいらっしゃいます」
視線が一度天羽に向くが、竜二に向き直して話を続ける。
「坂本さん。もし、あなたが今ここで正常に戻れたのなら……魔素の侵食へ耐えられる体となり、より強い力を手に入れることが出来るでしょう」
さぁ、と杖を一突きして竜二を挟んでいた壁を消してニモンはこう言った。
「見せてください。私は子供が成長する姿を見るのが好きなのです」




