逆転の拳
試合開始と共に紅花は右手に力を込めると僅かに拳が光り出す。
「オラァ!」
「タイムですわ」
すると、エレーナは試合を中断するようすました顔で右の手の平を紅花に見せるが、紅花の拳は止まらない。
当てまいと無理やり体を捻じり床に叩きつけた拳は、白いタイルを数枚粉々に砕き纏っていた光を失った。
「なんだよ、トイレにでも行きたくなったのか?」
「いえ、そうではありません。試合を途中で止められないよう銃弾の確認をしていただきたくて……倉石教官、よろしいですか?」
「うむ、試合を一時中断する」
「ありがとうございます」
両手を上げて交差させ中断の合図をレイシス、リリエルに送ると、渉は紅花とエレーナの元へ行く。
「出してみろ」
「弾丸生成、ゴム弾」
詠唱すると手のひらに展開された四角い灰色の魔法陣から、先端がオレンジ色の銃弾が出てくる。
渉に銃弾を渡すと銃弾を潰してみたり手に押し当てたりしている。
曲がったり伸縮しているところを見ると、銃弾そのものがゴム製なのは見学部屋からも理解出来た。
「私はこの銃弾をベースにして戦いますわ。問題ありませんか?」
「問題ない、弾を返す」
「はい、ありがとうございます」
「両者、元の位置へ戻れ」
エレーナは銃弾を体操着のポケットにしまい、渉と紅花は最初の位置に戻る。
両者の位置を確認し手を挙げ、
「開始!」
「今度こそ……オラァ!」
「小手調べですわね」
再びエレーナに殴り掛かると、エレーナはまるでダンスをしているかのように腕を広げくるくると体を回転させながら攻撃を避ける。
「弾丸生成、ゴム弾」
紅花の後ろを取り同時に詠唱し腰に手を回すと、右手には黒い回転式拳銃が握られていた。
手慣れたように片手でシリンダーを出し、左手に持った銃弾を大袈裟な動きで入れると、バァンと一発の銃声が練習場内に響く。
紅花は急いで体を後ろに振り向かせ、銃弾を拳で返そうと銃口めがけて殴りかかると、奇跡的に発射された銃弾に拳が命中し粉々に砕かれた。
「物騒なモン持ってんな」
「……うふふ、銃弾を壊しましたか、流石です。では、こちらではいかがでしょうか?」
「くるくる、くるくる回りながら移動しやがって……全く動きが読めねぇ、よっ!」
「弾丸生成、ゴム弾・拡散・粉塵」
再び銃声が響くと今度は発射と同時に銃弾が扇型に拡散した。
「こんくらい、オラァ!」
「うふふ……」
回避することが出来ない状況で紅花は再び力を込めて振りかぶり前方を思いっきり殴ると、中央から外へ順番に拡散した銃弾が砕けていくが、破壊すると同時に出た不自然な粉塵のせいで周りが白くなった。
「何だ、これ? げっほ……」
視界が白くなり動けなくなった隙にエレーナはくるくると回りながら紅花と距離を取る。
「弾丸生成、ゴム弾・火炎」
不吉な笑みと共に発射された銃弾は火を纏い粉塵に触れると、白かった粉塵は一気に赤く染まり派手な破裂音と共に爆発した。
その勢いで粉塵の中にいた紅花は吹き飛ばされ背中から壁に叩きつけられる。
「ぐあっ……」
倒れる直前で踏みとどまり壁に手をつきながら体を直立させる。
意識はあるが体操着が所々燃えて破れてしまっており、露出した腕と足には大小の水ぶくれと傷が見える。
通常、小麦粉等の可燃性の粉は塊だと派手に燃えることは少ないが、空中に粉を散布し舞い上がったところに火をつけると大爆発を起こす。
これを通称、
「粉塵爆発……やってくれたなぁ、おい!」
「うふふ、そうでなくては……そうでなくては、楽しくありませんわ!」
紅花は目を丸くさせながら怒鳴り、エレーナは顔を赤くしてほっぺたを抑えながら興奮している。
銃口を紅花に向けながら目を丸くさせて、
「さぁ、戦いという名のダンスを踊りましょう!」
模擬戦とはいえエレーナは戦いを快楽として楽しんでいる、昨日一緒に昼食をとった時とはまるで別人のようだ。
顔を赤くしながら口にたまった唾液を飲んでいる喉の動きが遠目からでもわかる。
「弾丸生成、ゴム弾・麻痺」
「オォラァッ!」
「なっ……!」
「……って、あわわわ!!」
紅花は全身に光を纏いながら銃弾を殴り砕くと、大きく一歩踏み込み殴りかかる。
さっきと状況は同じように見えるが、エレーナは目の前で起きたことに信じられないような顔をしている。
そして一瞬の隙が出来てしまい、結果、左腕に紅花の右手が擦れ体操着と皮膚を切り裂いた。
しかしそれだけに収まらず、拳からは衝撃波が見える形で現れ直線上にあった壁のタイルを砕き、ちょうどそこにいたリリエルは転びながら間一髪で避けた。
エレーナは出血した部分を抑えることなく距離をとると、キレ気味の表情をした紅花を見つめる。
「お得意のダンスはどうしたんだよ?」
「麻痺しないことを見るに、銃弾だけでなく付与した効果まで壊す、ですか。少しやっかいですわね」
「んだよ、ボソボソと……来ないならこっちから行くぜっ!」
「弾丸生成、ゴム弾……ゴム弾!」
エレーナはダンスをしながら連続詠唱し、左手ではなく回転式拳銃に直接魔法陣を展開し装填する。
一発目は殴られ、二発目は壁へ、三発目から六発目は的外れなところへ発射された。しかし、エレーナの顔にはまだ余裕の表情が残っている。
何故かと思って見ていると、壁に当たった銃弾は跳ね返り四方八方から紅花に当たる。
……はずだった。
「そんな!」
「よそ見してんじゃねぇ!」
「くっ……!」
紅花の拳は右肩に擦れ赤黒い血が流れるが、エレーナはそれよりも銃弾が砕かれたことに動揺していた。
死角から迫った銃弾は一瞬だけ全身に纏った光に砕かれ不意打ちが失敗したのだ。
拳だけでなく体に当たっても銃弾を砕かれてしまうのは想定外だったのであろう。
さきほどまでの楽し気な表情とは一転して焦りの表情に変わっている。
今のエレーナにはダンスをする余裕はない。
紅花には劣るとはいえエレーナは体を前に少し傾けながら走るが、近距離だけでなく遠距離から連打される拳の衝撃波は避けられなかった。
「オラオラオラオラオラァ!」
「きゃあ!」
衝撃波はエレーナの脇腹に当たり横に弾き飛ばされ、それによって体操着を剥がされたところはあざのようになっていた。
紅花はゆっくりと近づき倒れたエレーナを見下ろすと、最後の足掻きのように手を震わせながらエレーナは銃口を紅花に向けた。
「弾丸生成、貫通」
引いた引き金から鳴った銃声は、今まで聞いていたものとは明らかに違う重い音だった。
ほぼゼロ距離から撃たれた銃弾は紅花の胸に当たるが、一瞬だけ全身に光を纏い今まで同様砕かれてしまう。
「……私の、負けですわね」
「ああ。その辺にしておけ」
「そこまで!」
あきらめたようにそうつぶやくと、エレーナは意識を失った。
すると、紅花が纏っていた光が消え、力が抜けたようにエレーナの上に倒れこんだ。
二人はリリエルの手当ての後担架で運ばれ、麻耶と鳴子に続き四人もいなくなってしまった。
「二組連続退場とは、もしかして結構やばい授業なのかこれ?」
「本気でやればお前も病院送りだったがな」
「それは言わない約束だろ? 確かにあのまま締められたらそうなっていただろうけどさ……」
「次は麗城とフェルンだ。ついてこい」
優斗と敏文の話を聞いていると、玄徳が天羽とフェルンを呼ぶ。
立ち上がり際に天羽はフェルンに忠告する。
「もし、俺の能力が暴走したときには迷わず逃げろ。わかったか?」
「……はい、わかりました」
「それじゃ、行こう」
「……」
不安を抱えながらも天羽たちは練習場へ向かった。




