フェルンの夢・下―炎の楽園―
アルマと握手を交わした後、フェルンは皆がいるところに戻り木の影から出ると遊んでいる途中の皆が寄ってきた。
フェルンは皆に手を引かれるがままに色々な事をした。
かっけっこ、かくれんぼ、なわとび、おままごと、力比べ、合唱……どれも楽しかったし今まで感じたことのない気持ちになった。
怒鳴られ、叱られ、叩かれ、蹴られの日々を送っていたフェルンにはとても耐えられず、嬉しさのあまり泣いてしまった。
そんな様子を見たアルマは泣き止むまで抱きしめてくれていた。
誰かに抱きしめられたことなんて一度もないフェルンにとって、アルマは本当のお母さんのようだった。
それからの時間はずっと楽しかった。
毎日皆と遊んで、寝て、アルマもたまに一緒に遊んでくれた。
この楽園に朝と夜の境界は無い、お腹もすかないし喉も乾かない。
ゼビルズが作ったこの楽園は孤児にとって、いや、そこらへんにいる大人にだって最高の場所だと思う。
でも、一人だけ違う子がいた。
いつも木のテーブルでご飯を食べたり、本を読んだり、たまに外に出かけている。
そう、フェルンを連れてきてくれた男の子だ。
本当は必要ないけれど、たまに二人で一緒に食事をして家族ごっこみたいなのをしている。
でも、フェルンが話かけてもつまらなそうにして返事もしないし、出かける時だってアルマにしか声をかけない。
もっと愛想が良かったら良いのにと思うこともあるけれど、それでも、ここに連れてきてくれた名前も知らない男の子のそばにいることが一番好きだった。
そんなある日、フェルンが皆と遊んでいるとアルマが扉の外へ出ていくのが見えた。
そういえば、あの男の子も昨日から帰ってきていない、私みたいな子を探しに行ったのかな?
そう思ってアルマを追いかけようとしたその時、突然地面から生えてきた植物が扉に隙間なく絡みついて中から外へ出れなくなってしまった。
何かがおかしいと異変に気が付いた皆と植物を扉から離そうとしたが、どんなに力を入れても植物を離すこともちぎることも出来なかった次の瞬間、
『ゴゴゴゴゴッ!』
聞いたことも無いような轟音と共に教会の中の楽園が光となって消えていき、元の教会の中へ戻されてしまった。
教会の中には壊れかけた長い椅子と、端が欠けている大きな十字架、そして黒い修道服に包まれた女性の骸骨。
皆は今の状況が理解できないのか、発狂したり、嘔吐したり、自分の肌をひっかいて血だらけになっていたりと、見る限り楽園とは言えない地獄のような状況だった。
フェルンは口を押えて吐き気を殺しながら、植物の隙間から教会の外へ出た。
「アルマっ!」
扉を開けて名前を呼ぶと、アルマが振り返って手を伸ばしながら叫んだ。
「逃げてっ!」
「……え?」
その瞬間、アルマの体は上半身と下半身の二つに裂けた。
私の足元にはアルマの上半身が落ちていて、その先には内臓のようなものが飛び散っている。
「うっ、おうっ、ぶぇげぇぇ……」
フェルンは一瞬にして血の気が引き、アルマの体に嘔吐してしまった。
吐きながら前を見ると、そこには大柄の男と数人の男が立っていた。
大柄の男は右手に持った大きな剣を地面に刺すと、ほほに付いたアルマの血を手で拭き口を開く。
「情報通り、七竜王と契約している奴はいた……が、殺したら契約できるって話は嘘だったのか。せっかく大金叩いたのによ、クソッ……あ?」
大柄の男はフェルンに気が付き、地面に刺した剣を持ち直して近づいてくる。
フェルンを見下すように前に立ち剣を肩に置いて、
「目撃者は面倒だ、たとえガキでも殺しておくか……」
近づいてくると、大量の血を吐いているアルマが手を伸ばして、
「逃げ……」
「うっせぇ」
ザクッと、大柄の男の剣がアルマの首を貫いた。
「悪く思うなよ?」
大柄の男は剣を抜いて振りかざし、フェルンはアルマと一緒に死ねるならと思い死を覚悟したその時、森の方から別の女性の声がした。
「少女を守る矢を放てっ!」
「……っ!」
顔を上げると、大柄の男が持っていた剣は何かに弾き飛ばされ、体勢を崩した隙を逃さずに森から長い黒髪の女性が飛び出してきて殴りかかった。
「おらぁ!」
「ぐぁはっ……!」
「「「リーダー!」」」
大柄の男が倒れるとその女性は他の男も次々と殴り倒し手足を慣れた手つきで縛り終える。
すると、女性が出てきたところから紺色の武装をした人たちが出てきて、男たちを担いで森の中へ消えて行った。
女性はフェルンに自己紹介をしながら手を差し伸べる。
「私はヴァルナ・レイシスだ、来るのが遅くなって申し訳ない」
レイシスはフェルンの手を取ってそばに寄せる。
レイシスはアルマの姿を見て唇を噛んだ。
「もう少し、来るのが早ければこんな事には……」
「ならなかったのになぁ……うるらぁあ!」
さっき男たちが連れていかれた方向から聞こえてきた声に目を向けると、両手に違う剣を構えて木を伐りながら大柄の男が近づいてきた。
レイシスはフェルンを自分の後ろに隠しながら、
「無能力者の武装集団と聞いていたんだが……お前を連れて行った精鋭部隊はどうした?」
「無能力者が能力者に勝てる訳ねぇだろぉがぁよぉ!」
男はすごい顔になって私たちに突撃してくる。
「我、ヴァルナ・レイシスの名の下に……」
「おせぇよ!」
「くっ!」
大柄の男は異常な速さで近づくと、両手の剣をレイシスに向かって振り下ろす。
「死ねぇ!」
レイシスは両腕を前に出し身を守ろうとするが、当然のように両腕を切り落とされ、
「ぐっ、あぁぁぁぁぁぁぁ!」
レイシスの両腕は私の前に落ちた。
断面から真っ赤な筋肉や赤白い骨が見えたが、私は口を押えて吐き気を我慢した。
「一撃で逝かせてやる、感謝しろよクソババアァッ!」
大柄の男が剣を再び振り下ろすと、レイシスがフェルンに向かって叫ぶ。
「逃げろっ!」
『逃げてっ!』
「……っ!」
その時、フェルンの頭にアルマの最後が蘇った。
また、同じことが起きる。
この人はアルマのように殺される。
私は逃げて生き残れるの?
『無理だ』
じゃあ、どうすればいい?
『殺せ』
でも、殺す事なんて……
『こいつらは貴様の大切な者を殺したのだろう?』
そう、殺した。
殺された……
『そんな者に慈悲は必要か?』
いらない。
『ならば殺せ。貴様が生き残る為には』
そうだ、生き残る為には、
『殺すしかない』
「殺すしかない」
「……ぐあっ!」
そうつぶやいた直後、無意識に前に出した右手から熱波が放出された。
熱波は大柄の男を吹き飛ばし、勢いよく背中から大木に叩きつける。
「君は……一体?」
「クソガキてめぇ、その力は一体何なんだァ!」
大柄の男は隙を見せているレイシスなど後回しにしてフェルンに向かってくる。
しかし、殺意に満ちたその目は一瞬にして恐怖に焦げた目に変わり果てた。
「殺す……殺す……殺す……」
フェルンは一歩一歩に殺意を抱きながら大柄の男に近づく。
足元の草や枝は真っ赤に燃えて進むたびにどんどん炎が強まっていき、両手を地面につけて目を閉じると地面が赤くなり溶けてゆく。
すると、ゼビルズと同じような形をした溶岩の竜が現れ、竜は勢いよく大柄の男に近づき悲鳴を上げることも許さずに頭から飲み込んだ。
竜はそのまま地面に消えてゆき、その跡からは皮膚が焦げ、骨や内臓が見えている焼死体が出てきた。
私はアルマの死体に近づき、アルマの目を手でそっと閉ざして涙を流した。
「敵……取ったからね……」
「君、くっ……」
「いた、レイちゃん!」
「私は意識がまだある、それよりも彼女を!」
「え、わ、わかった! ちょっと、大丈夫……? 聞こえ……る……?」
「しっ……だ……い……君……!」
フェルンはその場で倒れ、目を覚ました時には聖ヴァルナ・ノワール学園の病院にいた。
目を覚ました後、教会の中にいた子供たちは脱水、失血、ショック等で全員の死亡が確認されたと聞かされた。
「君の名前は?」
「フェルン……ヴァリオス……」
「フェルン・ヴァリオスさんだね。わかった、元気になったらまた来るよ」
レイシスはそう言うと、病室を出て行こうとした。
「アルマ……」
フェルンは出ていく姿がアルマに似ていたので思わずベッドから起きて飛び出す。
しかし、レイシスの姿はどんどん遠くなるばかりで、私は全力で走った。
アルマ、アルマ……
「アルマッ……!」
目を覚ますと、そこは見慣れた天井だった。
フェルンはすぐに理解した。今までのは全部夢だったんだと。
久しぶりに見た昔の記憶に、思わず布団をかぶり目を擦る。
「……天羽さん?」
隣を見ると天羽の姿がない。
まさかと、さっきの夢を思い出しとっさに廊下へ出た。
「天羽さんっ!」
「うわっ! びっくりしたな、どうしたフェルン?」
「……天羽さん」
「……?」
朝ごはんの準備中だった天羽に、嬉しさと寂しさが混じった涙を流しながら抱き着いて、いつも通りの毎日がまた始まった。




