白い少女
「……なるほどねぇ。それで殴られたと?」
「興味本位というかなんというかで、はい」
「まぁ、気持ちは分からなくもないけどさ。王様ゲームでポッキィゲームは鉄板だし?」
天羽はベッドの上で正座をしながら、椅子に腰かけるリリエルに事の顛末を説明していた。
くだらないことをしているなぁという目線が辛すぎて胸が痛い。
リリエルは立ち上がってカーテンを開けると、既に日は暮れていて星がうっすらと見えていた。
「皆はもう寮に帰っているから、麗城君も早く帰りなよ。もう大丈夫でしょ?」
「ありがとう、そうするよ……そういえば、ナンシーは? 鼻血出して倒れていたけれど」
「まだ寝ているよ。鼻血の出しすぎて貧血になるなんて、そうそうないんだけれどね……」
「そうか、俺のせいで色々迷惑かけてごめんな」
「それが私の仕事だから気にしないで。ほら、早く帰りなよ。フェルンちゃんが寂しそうだったよ?」
「あぁ、そうする。世話になった」
「はーい、お大事に」
ベッド横の机に置かれたスクールバックを持ってリリエルに小さく手を振りながら病室を出ると、校舎内は部分的にしか明かりがついていなかった。
エスカレーターも動いていないようだし、面倒だが階段を使って降りるか。
病室のすぐそばにある薄暗い階段を降りて一階まで行き校舎を出ると、並木通りには街灯の明かりが灯っていた。
遠くに商店街の色とりどりの明かりが見えるが、フェルンが寂しがっているみたいだし、そのまま帰ることにしよう。
並木通りを早歩きで歩いていると、寮の明かりが見えてきた。
「そういえば、寮に門限とかはあるのか? まぁ、何か言われたらリリがなんとかしてくれるか。ってか、短気すぎるだろあの二人はよ……」
ぶつくさと独り言を言いながら誰もいない並木通りを歩いてしばらく、天羽はある違和感に気が付いた。
「……寮ってこんなに遠かったか?」
歩いているはずなのに、前に進んでいる気がしなかったのだ。
寮から校舎までの並木通りは片道十分ほどの距離なはず。
「……気のせいか?」
手に下げたバックを腕に通して肩に持っていき、手で押さえながら全力で走るが寮の明かりは近づいて来ない。
むしろ遠くなっているような気もした。
「どうなっているんだよ、これ……」
何かがおかしい。
誰かが能力を使って誰も寮へ近づけさせないようにしているのか?
もしそうなら俺の能力で……そういえば王様ゲームで使っていた棒は凛堂の能力で作ったもの、なぜ俺の能力が発動しなかった?
いや、今はそんなことどうでもいい。
確実に言えるのは、この状況を俺一人ではどうすることも出来ないってことだけだ。
一度校舎に戻って助けを求めようと後ろを向いたその時、信じられない光景が広がっていた。
「……」
「……白い、影……能力者、いや幽霊か?」
並木通りの真ん中には、白くてぼんやりとした影のようなものがいた。
顔は分からないが見た目は幼い、リリエルの髪を長くした幽霊と言えばわかりやすいだろう。
天羽は幽霊に気を取られて、大きな校舎も寮も見えなくなっている事に気が付いていない。
幽霊を見てしまったという恐怖で腰を抜かしそうになったが、目の前の幽霊がこの状況を作り出していると確信していたので、天羽は近づこうと一歩踏み出す。
「お前が、原因か?」
すると、幽霊が自分からこちらにゆっくりと動いた。
天羽は足を震わせながら、平行移動で近づいてくる幽霊を見つめる事しかできなかった。
「……」
幽霊は天羽の目の前で止まり、顔を上に向けて顔を見る。
身長が天羽の腰くらいの少女、目や口はぼやけて見えないが髪は足元まで伸びている。
すると、幽霊は小さな声で話し出した。
「れいじょう、あまは……あっている……?」
幽霊は小さく首をかしげて質問する。
「そうだけれど……君は?」
「わたし、は……ぜろぜろ、に……いつも、ろいぜ……そう、よばれ……てた」
幽霊の言葉は途切れ途切れだが、聞き取れないほどではなかった。
いつもロイゼと呼ばれていた、ぜろぜろ、に……ゼロゼロ、二……002?
まさか、番号か?
いやいや、刑務所じゃないんだから番号が名前だなんて……
思ったその時、ロイゼの体が薄くなってきていることに気が付いた。
「ロイゼは、生きているのか?」
「しんで、いる……いまは、ちから……で、とどめて……いる、だけ」
「ちから、能力のことか? つまり、ロイゼは能力を持っている……いや、持っていたのか?」
小さな口を一生懸命に動かしロイゼは言った。
「もって、いた……あるか、な……にじゅ、う……しんぱんの、ちから」
「あるか、な……アルカナの力!?」
天羽は恐怖感が一気に冷め、ロイゼと目線を合わせるためにしゃがむ。
ロイゼは天羽の顔をじっと見つめながら続けた。
「しんぱん……ふっかつ……できる、でも……ちから、うわま、わる……ぜろぜろ、よん……さつじん、き……わたし、ころされ、た」
「004という奴に殺されたのか?」
「ん……」
天羽の質問に俯くが、ロイゼはそのまま話しを続ける。
「でいぐ、あんと……わたし、の……いた、ばしょ……みんな、すてられた……ばんごう、つけられた……ますたあ、に」
「家族に捨てられディヴィアント学園に引き取られたということか……そして番号をマスターにつけられた、と。マスターっていうのは学園長の事か?」
ロイゼはその言葉に反応し顔を上げて答える。
「わたし、たち……は……じっけん、された……ますた、あ……ちから、むりやり……ぜろぜろ、にと……ぜろぜろ、よん……とくべつ、ちから……でも、ころされ、た……ぜろぜろ、よん……に」
「特別な力……お前、体がっ!」
話しているとロイゼの体が急激に薄くなり、足元からどんどん消えていく。
しかし、ロイゼは何も気にしないで話続けた。
「あまは……しびす……きお、つけて……たくさん、きら、れる……しんぱん、ちから……あまは、に……わたす……さいごの、まもり」
ロイゼは近づき、天羽の胸に右手をあてて自分の力を送り込んできた。
それは不思議な感覚で、初めて心臓が動いて全身に血が染み渡ったような感覚だ。
ドクンと、一気に何かが湧き上がるような気持ちになり、ゲームでよくあるようなレベルアップとはこのことかと思ってしまう。
「この感覚は、一体なんだ?」
「たすけて……みんな、あまは……ちから……かのう、せい……せかい、とめて……おね……が……」
「皆を助ける? 世界を止めるって……っ!」
問いかけた時にはもう頭も消えていて、最後に天羽にあてていた右手が消えると、街灯が一瞬全て消えて再び明りが灯る。
校舎の影に寮の明かり、元の世界に帰ってきたのだと安心するが、自分の胸に手を当ててさっき起こった事について考える。
ロイゼは確かにそこにいた。しかし、周りを見ても彼女はいない。
そして、胸の奥から感じるこの力はロイゼの言うしんぱん、審判の力なのか?
それともう一つ、わからないことがある。
「世界を止めて……どういう意味だ?」
その言葉が後に重大な意味を持つとは、この時の天羽はまだ知らなかった。




