妹の涙
「502号室……ここね」
三階で天羽と別れた後、麻耶は五階で降り玲に渡されたカードキーに書かれた番号の部屋に向かっていた。
『502』とドアに書かれた部屋の前に着きカードキーでドアのロックを外して部屋の中に入ると、リビングのドアは開きっぱなしで、茶髪でスポーツ系の短髪の女性斎藤鳴子が飲み物を飲みながら座っていた。
「お?」
鳴子はこちらに気付きコップを置いて立ち上がると、頭を掻きながら玄関に向かって歩いてきた。
「君が同室の子か。いやぁ、女の子と一緒で良かったよ」
身長が高く服装は運動着でいかにも体育会系な感じだ。
同室になる人は先輩っていうパターンもあるのね。
麻耶が鳴子を見上げていると、手を胸に当てながら自己紹介を始めた。
「あ、私は斎藤鳴子だよ。気軽になるって呼んでね」
「私は凛堂麻耶です、これからお世話になります」
すると鳴子は、深々と礼をする麻耶に困り両手を振る。
「そんな堅苦しいのはなしなし! 新入生同士なんだしさ、もっとリラックスしようよ」
「えっ、新入せ……いっ!?」
「あだっ!」
鳴子の事をてっきり先輩だと思っていたので驚いて頭を上げた瞬間、麻耶の後頭部と鳴子のおでこが思いっきりぶつかった。
二人して声にならない声を上げ、ぶつけた所を抑えて座り込むが、鳴子はすぐに顔を向けて手を差し伸べる。
「えへへ。これからよろしくね、麻耶!」
「うん。こちらこそよろしく、なる」
麻耶も答えるように手を差し出して固い握手をする。
気付けば頭をぶつけた痛みは消えていて、お互いに笑い合っていた。
二人はリビングに行き、鳴子が注いでくれた麦茶を飲んでひと段落していると、立ち上がった鳴子がキッチンから話しかけてくる。
「麻耶はもうお昼ご飯は食べた?」
「いえ、まだよ」
「なら一緒に食べようよ、鶏肉のサラダとラーメンだけど良い?」
「すごい組み合わせね……でも、頂くわ。歩き疲れてお腹すいているから」
「それじゃ、ちゃちゃっと作っちゃうよ!」
数分して目の前に出てきたのは、スライスされた鶏肉が乗ったサラダと醤油ラーメンだ。
一口ラーメンをすすると中華料理屋で出てくるような本格的な味付けで、気が付いたころにはラーメンの器もサラダの皿も空になっていた。
ほえーと鳴子は驚きながら麻耶を見る。
「まさか、スープまで飲み干すとは。見た目に合わず麻耶って大食いなの?」
「私は残すのが嫌いなだけ。普段はスープまで飲まないけれど、美味しかったからつい、ね」
「あー、美味しいのは分かる。ここのスーパーで売っている即席品って、結構クオリティ高いんだよね」
「へぇ、そうなの」
何故か自慢げな鳴子の話を聞いて、他の即席品も食べたくなった。
ご飯を作ってくれたお礼に麻耶は皿洗いをしていると、ご飯繋がりで蓮の事を思い出す。
まさか、こんなところにいたなんて。
どうして黙って家を出たんだろう……?
「……麻耶、どうかしたの? さっきから暗い感じだけど」
鳴子はコップに残っていた麦茶を一気飲みして、丼を洗っている途中の麻耶に話しかけてきた。
「違うのなるっ! 実は、今夜兄さんと夕食を食べることになっているの」
「へぇ、お兄さんいるんだ。あ、もしかして喧嘩中なの?」
「……っ!」
鳴子は意外にも察しが良かった。
麻耶は軽く洗い終わった丼を備え付けの食洗器に入れて、サラダを盛り付けていたお皿を持ったまま過去について話し出す。
「私が小学生だった頃に、兄さんが急に家から出ていったの。私は、何も言わないでいなくなった兄さんを、朝から晩まで学校にも行かずにずっと探し回った。でも、兄さんは見つからなかった。父さんと母さんは、私にもう諦めなさいって言ったの。家族が一人いなくなって寂しくないの? って疑問に思った。いつも一緒に遊んでくれて、わがままも聞いてくれた兄さんの事が、私は大好きだった。なのに、どうして……どうしてなの……」
「……ごめんね、嫌なこと思い出させちゃったね」
いつの間にか泣いていた麻耶を、鳴子は優しく抱きしめてくれた。
それからどれくらい泣いたか分からない。
けれど、鳴子はずっと麻耶の事を抱きしめていてくれた。
今考えると、蓮の事を他人に話したのは鳴子が初めてだった。
麻耶は溢れる涙を拭いて鳴子の顔を見る。
「もう大丈夫?」
「うん、大丈夫。ありがとう、なる」
「うん」
鳴子は麻耶の頭を優しく撫でてくれた。
それは、蓮にしてもらっているみたいでまた涙が出そうになったが、思いっきり目を閉じて何とか堪える。
「夕方まで時間あるし、ゲームでもしない?」
「……負けないわよ?」
鳴子はテレビ台の中にあった持ち手が外れるタイプの最新ゲーム機を持ちながら提案してくると、夕方までずっとゲームをして遊んでいた。
それから外が暗くなり、時計を見ると午後六時になるところだった。
「それじゃ、行ってくるね」
「あ、ちょっと待った」
麻耶はゲーム機のコントローラーを置いて立ち上がり自身に満ち溢れた顔をすると、鳴子が寝室から服を持って来た。
「体操着のままじゃあれだろうし、私のちょっと大きいかもだけれど。あまり着ていないからほぼ新品だよ」
そう言って渡されたのは白のワンピースだった。
麻耶は服を受け取り寝室に行くと、学園に来るときに持っていたカバンも制服もベッドの上に置いてあった。
それから服を脱いで着替え、寝室を出て鳴子に見せる。
「どうかしら、違和感ない?」
「うん、大丈夫。違和感ない!」
普段着ないような服を着てちょっと戸惑っていたが、鳴子は頭を縦に振って麻耶の肩をつかむ。
「じゃ、頑張れよ。応援してる」
「うん……行ってくるわ!」
麻耶も頭を縦に振って、靴を履きドアを開けた。
私は、兄さんに聞かないといけないことが沢山ある。
病室で会った時、状況があれだったけれど、四年ぶりに会えて私は嬉しかった。
でも、同時に怒りも沸いてきた。
再会の言葉よりも、無言で出て行った兄さんへの怒りで私の心はすぐにいっぱいになった。
すぐに怒ってしまう、これは私の悪い癖。
ただ、あの時感じた兄さんへの違和感は何だったのだろうか?
昔とは変わらない優しい声の裏に、嫌な何かを私は感じた。
麻耶は色々と考えながらエレベーターに乗り、一階のエントランスへ向かう。
「今考えてもしょうがないよね、全部ぶつけてやるんだから……がんばれ、私」
自己暗示をかけて一階でエレベーターから降りると、目の前の壁に寄りかかっている紺色の浴衣姿の蓮がいた。
蓮はエレベーターから降りる麻耶に笑顔で近づいてくる。
「やあ、来てくれたね。それじゃ、俺の部屋に行こうか。ご飯の用意はしてあるよ」
「……それはどうも」
そう言って麻耶は蓮の後ろを歩き、二人はエレベーターに乗った。




