訪問
春の代名詞である桜が散り始めた季節。
世はすっかり卒業・入学ムードになっている中、歩き疲れて息切れを起こしている麗城天羽は、聖ヴァルナ・ノワール学園というところに来ていた。
誰しもが一度は耳にするディヴィアント学園、岸波斑鳩女子学園、ダグラス・クロウリー学園と肩を並べるこの学園は、名門私立中学校の学年1位でも入学するのは不可能とまで言われているが、ある才能があれば底辺校の学年最下位でも入れるという。
ある才能とは一体何か?
それは、ある程度栄えているこの街で生きていれば必ず目撃するものだ。
もちろん、それ以外の場所でも目撃出来るのだが……例えば、あの高そうな家に大手雑貨販売店雨林の宅配物を届けている配達員を見てみよう。
「お届け物でーす! 確かにお届け致しました、毎度ご利用ありがとうございます!」
配達員は元気にそう言うと、足元に円型の水色の魔法陣を作り鳥のように空高く飛んで行った。
特に何の違和感もない、ごく普通で当たり前の光景である。
しかし、この学園に入る為にはこの当たり前が絶対に必要なのだ。
「……能力者だけが入れる学園に、なんで俺なんかが?」
そう、これら四大学園の入学条件は成績云々ではなく、大前提として能力者であること。
年に一度、四学園の能力者同士が戦う『魔闘大会』は、バトルエンターテインメントとして世界的に有名だ。
魔闘大会の優勝者には現実世界で叶えられる望みであれば何でも叶えてもらえる権利を貰える。
それを目的に世界中から学生が試験を受けに行くが、能力が無いとそもそも試験を受ける事すら出来ない。
それなのに何故、能力者ではない天羽がこんな学園に来ているのかというと、時が戻ること数十分前……
「今すぐ聖ヴァノに行けだ?」
天羽はいつも通り遅刻ギリギリの時間で中学校へ行くと、一時間目の授業中に突然、校内放送で校長から呼び出され、
「今すぐ聖ヴァルナ・ノワール学園に行きなさい。学園長がお呼びだ」
「何で?」
「行けばわかる。それと、言葉遣いには気を付けるように」
「はぁ……」
と、天羽は状況が理解できないまま聖ヴァルナ・ノワール学園に行かされたのだ。
教室に戻り事情を先生に話すと、クラスの皆がざわつく。
それも当たり前の反応だ。
成績は学年最下位、先生からも厄介者扱いされてきた者が聖ヴァルナ・ノワール学園に招待されたんだ。面白くないと思う奴も当然いる。
机の上に適当に広げた筆記用具とノートをカバンにしまい、さようならも言わずにそそくさと教室を出て行った。
「ったく。なんで俺が聖ヴァノのお偉いさんに呼ばれてんだ? 理由くらい教えろっての、あのハゲジジイ……」
「聖ヴァノじゃなくて、聖ヴァルナ・ノワール学園だって……それに、呼び出されたのはあんただけじゃないわよ!」
学校の階段を下りながらそう呟いた刹那、ゴムっぽい足音と共に後ろから怒鳴り声が聞こえた。
天羽を威嚇するように睨みつけている黒髪ロングの女子生徒は凛堂麻耶。クラスメイトで一緒に呼び出された。
麻耶も天羽と同様に学園長から呼び出されたみたいだが、天羽と比べて決定的に違うところが一つある。
「お前はいいじゃねぇか、この学校の成績優秀者様なんだからよ」
そう、麻耶はうちの学校で一番の成績を持っている、いわゆる天才だ。学園から招待される理由も理解出来る。
学校中の男子と女子から注目されるほどの人気者で、毎年ラブレターとバレンタインチョコが波のように押し寄せてくる。裏では凛堂のファンクラブまで作られているらしい。
まぁ、言われてみれば可愛いこともなくはないかもしれないがやっぱり天羽からしたら可愛くない。
「私だって嫌よ、授業中呼び出されて今すぐ行けなんて……しかも、よりによってあんたと一緒なんて最低よ!」
「それは俺のセリフだ、くそったれ!」
お互いを睨みながら喧嘩口調で話していたが、歩き疲れて無言になるころにはもう学園の守衛所に着いていた。
そこで待っていたのは、疲労が一瞬で吹き飛ぶくらい顔つきが悪くて、鬼軍曹とも呼ばれそうな雰囲気を醸し出している大柄の守衛様だった。
俺たちに気づいた守衛様は、面倒くさそうに窓を開けて身を乗り出してくる。
「お前ら、何用だ……?」
二人の体が固まった。
背筋が凍るなんていう生ぬるいものでは表現できないくらいに威圧感のある声に圧倒される。
しかし、その反応も当たり前である。
入試などとっくに終わり、入学式も始まっていない微妙な時期に外部の人間が来るのはおかしい事なのだろう。
あぁん? とこちらを睨みつけてくる守衛様に天羽たちは半泣き状態だった。
能力は便利だと思うが、正直関わりたくはない。出来る事ならこの場から逃げたい、そういう気持ちで天羽の心はいっぱいだった。
すると、守衛所より先の並木通りから五人の人物が横一列になってこちらへ歩いてくる。
五人は黒を主体としたワンピースに、白いエプロンのようなものを身に着けている。
その人たちは、アニメや漫画で出てくるような職業だと一瞬で理解した。
なんで、学園にメイドが?
そう思っていると、さっきまで天羽たちを威嚇していた守衛様が急に身を引っ込めて窓を勢いよくピシャンと閉めた。
「お待ちしておりました、麗城様、凛堂様。どうぞこちらへ、学園長がお待ちです」
「メイド?」
「本物?」
中央にいる黒髪を後ろで纏めたメイド篠原咲が一礼すると、他四人のメイドたちも一礼をする。
疑問点は沢山あるが、少なくとも守衛様の恐怖は過ぎ去った。
ほっと一安心していた天羽たちだったが、メイドたちは学園の方に向かってスタスタと歩き始める。
「「あ、ちょっと!」」
置いて行かれたらまずいと思い、早歩きでメイドたちの後ろをついて行く。
それから十分ほど並木通りを歩いてようやく開けた場所に着いた。
太陽光の残像が目に残りつつも周りを見ると、そこは学園というより一つの街が広がっていた。
「すっげぇ……」
街で見たことがある大型食料品店や雑貨店などが立ち並び、欲しいものは全て学園内で揃うような感じに見える。
校舎はこの先ですと咲が言うと、まだ歩くのかと言わんばかりの顔で疲れ切っている天羽と麻耶は嫌気をあらわにしていた。
さらに街から続く並木通りを抜けるとメイドたちが止まり、二人ずつ左右に分かれ頭を下げると咲がこちらを向いて右の手のひらを上にする。
「あちらに見えますのが聖ヴァルナ・ノワール学園の校舎でございます」
咲の先には、とても校舎とは呼べない巨大な建物が俺たちを見下ろしていた。
見上げるに十数階はあるだろう校舎は、窓ガラスの数と形の不均一さから大小さまざまなブロック状の部屋を積み上げて作られたものだとわかる。
外観はとてもオシャレでやはり校舎と思えない建物から反射した太陽光に目をやられ、額の汗をぬぐうと同時に目を擦りながら天羽はイラ立ちを抑えきれなくなっていた。
「もう何が何だかわからなくなってきた……というか、これだけ校舎まで遠いんだから車で守衛所まで迎えに来いよ!」
度重なる疲れのせいか本音が出てしまい、「あ」と思った瞬間に咲から返事が来る。
「申し訳ございません。当学園には、自動車や電車などの設備は兼ね備えておりません」
咲はご丁寧に頭を下げながら返答してくれた。
本当に無いのなら仕方がない。
でも、さっきまで天羽たちが歩いていたのは工事車両のような大型車でも通れるように整備された道だ。(ご丁寧に制限速度40kmとも標識に書いてあった)
車が無いのなら、さっき学園の外で見た配達員みたいに飛べる人や瞬間移動が出来る人を連れてこい! 仮にも招待客である俺たちに対してこの対応とはと思うと、少しキレながら隣にいる麻耶に同情を求める。
「車くらいあってもいいだろうが! なあ、凛堂もそう思うだろう?」
「本当にあれが校舎なの? すごくきれいでオシャレ、まるでお城みたいね!」
「うえぇ……」
こいつ、俺の話を聞いてねぇと天羽は少し呆れた。
今から王子様に会いにいくお姫様かよとツッコミを入れたくなるくらい目をキラキラさせている麻耶だった。