令嬢は兄弟を養子に迎えたい
お久しぶりでございます。
今回も楽しんで頂けたら嬉しいです。
ハーシィミンは二人の兄弟を連れて屋敷へと着いた。兄弟とはスラム街で出会ったヴェンとヴィースである。
「ここが私の家ですわ!さぁ中へ、案内します」
ハーシィミンが生まれたナバード家は王族達が住んでいる城下街より少し遠い場所へ領地がある。その近くには魔物が住む森があり、そこから城下を魔物から守るのがナバード家の役割だ。
「やっぱり想像以上に広いな…こんだけ広いと俺たちなんてちっぽけだ…!」
今はハーシィミンを先頭として長い廊下を歩いている。途中で階段を上り、くねくねとした所も通る。
廊下に飾られた品はあるが強調し過ぎはしない職人の一級調度品の数々を、ヴェンが目を輝かせながら見ていく。
ヴィースは前を華麗に進んでいくハーシィミンへ不思議そうに聞いた。
「うん…これだけの物、市場で売れば何年暮らせるか…ハーシィ、僕たちは今どこへ向かってるの?」
ハーシィミンは歩みを止め、首を傾げながらヴェン達を見る。
「どこって…私のお父様のお部屋ですわよ?いっていませんでした?」
ハーシィミンは考えるように視線を宙へと向ける。兄弟は顔を見つめ合い、何か不安そうだ。
兄弟の様子が違うことにハーシィミンも気がつき、すぐさま頭を回転させる。
(?私、おかしなこと言ってました?いや、体調不良ってこともあるかもしれませんし、様子見でいきましょうか)
「ハーシィのお父さんは、ナバード領主だよね」
ヴィースが確かめるようにハーシィミンを問いただすので、ハーシィミンは兄弟が調子が悪いわけでは無かったとホッとした。
「えぇ、そうですわ。今から、現領主である父の仕事部屋へ行くのですわ!」
遠慮がちにヴェンが付け足す。
「なぁ、ハーシィ。俺たちはそんな大層なご身分じゃあないぜ。だから、そのな、大人しく仕えさせてくれ」
ハーシィミンは、兄弟の言いたいことがやっと分かってきた。
自分達の身分が不相応であると案じていたのだ。そのことで、ハーシィミンの何かがプツンと切れた。
「……どういう、ことですの?貴方達の事は家族にしてはいけないのですか!!そもそもこの国は成人してからしか仕えてはいけないのですわ。だから養子となって貰い、我が家で暮らして頂くのです!
……今からは顔見せですわよ。もう、護衛達が貴方達の事をお父様に知らせてありますわ」
熱を帯びて言葉となるハーシィミンの気持ちは兄弟が思っていた回答と違っていた。
ハーシィミンは身分が違えど、平等な権利は人それぞれ持っていると考えている。それを兄弟は自ら否定しようとしたので、彼女は腹が立ってきたのだ。
「ごめん…僕達、勘違いしてたみたいだね」
「俺も、ごめんな。そこまで心配してくれてたの、思わなかったんだ……ありがとう」
二人共柔かな笑顔を浮かべた。それを見てハーシィミンの顔も段々と綻ぶ。
「もういいですわ!私もいきなりでしたもの。そろそろ着きます、心の準備はよろしくて?」
茶化す様にハーシィミンが笑うと、彼女に釣られて今度は兄弟の方がニコリとした。
ワンピースを可憐に揺らしながら、ハーシィミンがある一つのドアをノックした。
先程、彼女が連れていた護衛と同じ風貌の護衛が一人警備していて、ハーシィミンを見るとドアをゆっくりと開ける。
「ありがとう。さぁ、中に入りましょう!」
ハーシィミンは嬉々として部屋に入っていった。兄弟はゴクリと唾を呑み込み、前で座っている人物を見上げる。
「お父様。ハーシィミンですわ!ご機嫌いかがかしら?」
昼休憩の時間よりは少し早いが、ハーシィミンの父――ナバード領主は書類に伸ばした手を止めて、可愛い自分の娘を見た。
「ハーシィミン!よく来たね!調査はどうだったかい」
ナバード領主は席を立ち、ハーシィミンを勢いよく抱きしめた。ハーシィミンはグッと苦しそうにしてから、ちらりと兄弟を見つめる。
(私ではなくて!ヴェンとヴィースの事を頼んでいますのに!!)
ヴェンとヴィースは部屋には入っているが、領主のこんな姿を見て、ポカンと口を開けて突っ立っていた。
「…もうっ!先に報告を護衛から申し上げた通りですわよ!!」
ナバード領主の拘束から脱出したハーシィミンが、ヴェンとヴィースの二人の手を掴んで、半ば強引に領主の前へと引っ張り出す。
「――!の、この二人か。
頭が回り、ナバード領の護衛達を倒すほどの戦闘力を持つ少年二人をスラムで保護した、という報告は…」
「えぇ!やっと聞いてくださったのね!ヴェンとヴィース、こちらが私の父であり、領主のナバード領主。お父様、こちらがヴェンとヴィースですわ。彼ら達は兄弟ですの」
ナバード領主がヴェンとヴィースを面白げに見つめると、兄弟は二人で腰を折った。
その間も、ハーシィミンがスラスラと二人の情報を言っていく。
「ん、良い拾い物だな。護衛達と訓練させれば良いだろう、それと…」
ナバード領主がハーシィミンの頭を撫でる。すると、ハーシィミンは重大なことを忘れていた、と思い出した。
「お父様!彼らに教育を施して頂けませんか?お願いしますわッ」
ハーシィミンは勢いよく頭を下げた。兄弟はハーシィミンと一緒にもう一度頭を下げる。
「「よろしくお願いします!!」」
***
ヴェンとヴィースの二人は侍従達にせっせと体を洗われていた。
ここは客室。
夕食までに二人の支度を整え、ナバード一家との初めての会食を行う。
あの後、二人がナバード家の養子に迎えられることが決まり、ハーシィミンと領主は手続きの書類を片付けている。ナバード領主は快く教育の件を了承した。
兄弟はハーシィミンの勉強時間で来る家庭教師を一年間受けた後、王立の中等部から高等部まである学生寮に住むことになった。
これからは、この広い客室が二人の部屋となる。二人が働けるようになったら、私生活を考慮して二つの部屋に分けるそうだ。
「あー…なんだか疲れたなー」
「僕も…疲れたかも…」
浴室から出た二人は、誰かに手伝われて洗われる体験が恥ずかしく思えた。これから毎日となるとため息が出そうだ。
次は着替えの準備だ。サイズは風呂に入る前に予め用意されたので、合うようにすぐに商人に取り付けて届けて貰ったのだ。
二人はあっという間に貴族子息となった。支度が出来てからしばらくすると、コンコンと控えめのノックが聞こえてくる。
「失礼致しますわ。お湯加減はどうでした?あら、素敵ですわ!」
そして、ハーシィミンがひょこっと顔を覗かせ、彼女の御付きの侍女と共に何かを抱えながら部屋に入ってきた。
「ありがとう。ハーシィ、それは…食べ物?」
にぱぁとハーシィミンが微笑むと、ヴィースが照れつつ応える。
ヴェンは食べ物と聞くと、目を輝かせて椅子から立ち上がった。
「食べ物?!ハーシィ、本当かッ」
「えぇ、我が家に来たばかりですし、ゆっくりして頂きたいので、コックに頼んで三人分の昼食を別に取らせて頂きましたわ。お口に合うと良いのですが…」
実はハーシィミンには更に企みがあった。
(これで更に仲良くなるチャンスですわね!!)
「空き時間が出たので来たのですわ!」とハーシィミンが嬉しそうに言うので、ぐったりとしていたヴェンとヴィースまでも嬉しくなった。
勿論この後、ハーシィミンと兄弟の昼食は楽しいものとなったのである。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
説明不足の箇所を少しだけ下で補足を致します。
王立の学生寮:完全な寮で、貴族などは侍女や侍従を三人までは家から連れて行けます。日本の学校と同じで、祝日などの休暇、長期休暇があります。長期休暇の場合には、申請すれば寮から自宅へ一時的に帰れます。
(学ぶ内容は本文で説明するつもりです)