崖っぷち
その1
俺は、今崖から落ちかけている。
いきなり突拍子の無い話をされて驚かれている人もいるだろうが、俺はこの通り絶体絶命のピンチを迎えている。
命綱はただ一つ、電車の吊り革だけだった。
「あれ?」
気づいてよく見てみると、自分が手に掴んでいたのは、何故か電車の吊り革だった。
脈絡のないところから、電車の吊り革がまるで花のようにはえている。
「誰かが捨てていったのか。まったく、これだから山の自然が失われるんだ」
俺が崖から滑って落ちたのも、誰かが捨てていった空き缶のせいだ。
たぶん、俺は一生ロカ・コーラを飲むことはないだろう。
それにしても、手が疲れてきた。
これが電車の中だったらまだ良かったが、今は崖っぷちだ。
掴みやすいが手に食い込む細い輪が、徐々に握力を奪っていく。
「くっそぉ……」
手が痺れてきた。
こんなことなら、誰か連れと一緒に山登りするんだった。
というか、どうして自分は一人で山登りしていたんだ?
思い出せない。
「ああ、ここまで出掛かってるんだけどなあ〜!」
思い出せなくて、俺はかなりイライラした。
「頭打ち付ければ思い出せるかもしれない。やってみよう」
俺は、遠心力をつけて崖に向かって二、三度ほど、頭をぶつけてみた。
血がピューッと吹き出て、意識が飛んだ。
そして、脳みそからの命令より開放された手は、その力を緩めた。
「あっ! 思い出した!」
そして俺は、山登りした理由を思い出していた。
「小さい頃この崖で百円落として、それを探しにきたからだ! あー、スッキリしたー!」
俺は、こうして地面に叩きつけられてミンチになった。
最期に見た吊り革は、風に揺られて、どうしてか心地よさそうだった。
その2
YO! 誰か助けてくださいYO!
ミーはニホンのオヤマのガケから滑り落ちてしまって、今にも死にそうなんデス!
なんとかガケップチに掴まったンデスが、もう手が痺れて、このままでは落ちてしまいマス!
Ah。そこのマダム、助けてくだサイ!
「どうしたの! ってなによもう〜。カタコトだからヤンさまかと思ったら、ただの不細工なアメリカ人じゃないの。がっかり、はあ」
Oh! ニホンのマダムはなんて薄情なんだ! ミーを無視して行ってしまうなんて。
もう二度とニホンのマダムには頼みまセン。
……Oh! 神は再び私に救いの手を差しのべてくれマシタ! そこのオジサーン、助けてくだサーイ!
「え? あー、NONO、私エイゴ駄目! ソーリー、エイゴ駄目! 無理、ごめん。さよなら! グッドラック!」
Ohhhhhhhh! なんていうことデショウ! この状況のどこにラックがあるというんデスカ!
ワタシはこう見えてもジャパンゴ少し出来るノニ! 見た目と話し方でだけで判断しないでホシイデス!
もう二度とニホンのオジサンには頼みまセン。
Yes! 神様はミーを見捨ててはいなかっタ! そこのボーイ、ミーを助けてくだサーイ!
「え? あー、どう考えても無理ですね」
What?
「どうしてって言われても。子どもの僕があなたを引き上げられるわけないじゃないですか。助けを呼ぼうにも、その間にあなた力尽きてるでしょ? どんなに楽観的に見積もってもあなたが助かる可能性は、宝くじよりも低いです。というわけで、諦めて落ちてください。じゃ」
NOーーーーーーーーっ!
なんて生意気なガキなんデスか! ニホンのボーイは、みんなあんな物言いしかデキナインデスカ?
これがユトリという奴デスか! もう、この国のキョウイクはどうなってるんデスか! ヒドスギマス!
もう二度とニホンのボーイには頼みまセン。
しかしドウシヨウ。そろそろ力が無くなってキマシタ。ミーはこのまま落ちてしまう運命にあるんデショウカ?
神様はミーに何の恨みがあるのデスカ? 祖国の崖で死ぬならまだシモ、ニホンのガケでくたばるなんて、あまりにも酷い最期ではアリマセンカ!
本当にあのボーイが言うように、ワタシそろそろ限界デス。誰か、誰かタスケテ、タスケテ。
「おや、どうしたんだい?」
Oh! これはなんという奇跡でしょう。ついに向こうから助けがキマシタ!
マダムでも、オジサンでも、ボーイでもない、素敵なオバアチャンです! しかもかなり好感触デス!
お願いデス。ミーを助けてクダサイ!
「お安い御用ですよ。こう見えても私は昔、看護婦をやっていたんですからねえ。どおれ、よっこいしょ」
オバアサンが、ミーのハンドを引っ張ってくれてイマス。ふう、これでヒトアンシン、ってヤツデスネ!
「うっ! 持病の心臓病が……がふっ」
あっ。
その3
今、私達は崖っぷちに立たされている。
目の前には期末試験の答案用紙。試験会場は、何故か山中の崖っぷち。
私達は、最初に連れて来られた時、それはもう驚いた。
だって、崖っぷちにうちのクラスの人数分の机が並べられていたのだから。
「試験の点数が低かったものの崖は爆破され、崩れます。落ちたらもちろん死にます」
は? 何それ、信じられない。私達が抗議すると、クラス一番の嫌われものの下谷くんの足元が爆破された。
下谷くんは、机と一緒に、物凄いスピードで落ちていった。
痩せていたら、もしかしたら奇跡的なことが起こって生き残れる可能性はあったかもしれないのに。
いつも学食で一万円も食べてる太っちょだからいけないんだ。
こうして、逆らっても無駄とわかった私達は、死に物狂いで答案用紙と向き合った。
プレッシャーが私の胃を締め付けた。高校受験の時だって味わったことの無い、底知れぬプレッシャーだった。
耐えかねたものは、発狂して自ら崖に飛び降りた。
逃げようとした奴は、その途端机のセンサーが反応して地面が爆発して、崖へと落とされた。
その爆発に巻き込まれて、さらに周りの生徒が落ちていった。
私の親友のマミコも、犠牲者の一人として崖の下の暗い底へ飲み込まれてしまった。
悲痛な叫びをあげる暇もなく、私は涙目で答案用紙に答えをかいた。解らない問題でも、適当にとにかく答えをかいた。
無駄な鉄砲でも何でも売って、少しでも特典をあげないと生き残れないと思ったからだ。
その間にも何人か発狂して死んだというところで、テストは終わった。
結果、二人が赤点を取って崖に転落したけれど、他はみんな合格を得ることが出来た。
試験は終わった。
私達は、涙を流して喜び、そして犠牲になった友達の死を悼んだ。
喜びと悲しみを各々分かち合っていると、先生は言った。
「次のテスト、期末は再来月だ。しっかりと勉強してくるように。今度は点数をランキング化して、下位十名を崖に落とすぞ。クックック」
教師の冷徹な次回テスト予告に、クラスメイト達は凍りついた。
次に生き残れるのは、たった三人だったのだから。
「というわけで、今日がそのテストなの……。行ったら私、殺されちゃう。だからお願い、今日だけは、今日だけは休ませてぇぇ!」
「はいはい。赤点だけは取らないでね」
母は無情にも、私に昼のお弁当を持たせた。
千文字縛りとかそういうの無しで書いてみました。それでも出来るだけ簡潔に読みやすく、をモットーにしたつもりが、読み返すとその辺り微妙な感じがします。
あと、出来るだけテンションをあげてみました。でも高いのはその2だけでした。