スカートの中のX
2時間目の体育を終えて教室に戻ったすみれは女子たちが騒いでいるのを聞いた。
「派手に転んでたね神田ちゃん、普段大人しい子がコケるとかうけるー!」
女子グループの中でスカート丈が比較的短い、女子の一人が言った。
「神田ちゃんも好きで転んだわけでもないんだしさあ」
短髪で前髪をぱっつんにしている三枝がフォローするが、にやついた顔と相まってちぐはぐだ。
体育を終えた生徒が大方教室に戻り、3時間目が始まった。
「おや?」
数学教師の間宮が教壇に立つが、空席があることに気づいた。だから出席簿に載っている座席表を確認した。
「そこの席が空いているが、欠席だろうか?」
空席のひとつを指差した間宮が言った。
今日は朝からクラスのメンバーみんな合わせた30人、全員登校していた。(どういうことだろう)
「そこの席は神田だよなあ・・・・・・誰か神田さんがどこにいるか知っている人は教えてください」
「神田さんは体育でころんで怪我をしてしまったので保健室に行きました。そこで少し休んでくると言っていました」
クラス一の秀才である尾島ノノちゃんが答えた。
「わかりました」
数学教師の間宮はそれにうなづいた。
「では授業を始めます。今日は前回の続きからですね」
そういって黒板に数式を書き始めるタイプのいつもの数学の授業が始まった。すみれは数学に苦手意識があり、最も苦手な科目の一つだったから意識して先生の話を聞こうと身構えた。
しかしそれにもかかわらず、すみれは授業中ぼんやりしていると、斜め前の席の子が足を揺らしていることに気が付いた。(なんだろう)するとその子がそろりと控えめそうに手を挙げた。その挙動に気がついた間宮が闇崎りんごをトイレに行かせた。
次に壱宮もも、安藤辰巳がトイレに行くと言ったので間宮はそれを許可した。
授業が終わるまで残り10分。
そのころになって、闇崎りんご、壱宮ももがトイレから戻ってきた。
だが授業が終わる頃になっても安藤辰巳だけが教室に戻らなかった。
締め切っていたドアが開いた。
「あー、すみません。保健室に行ってましたあ。あれえ?授業終ったの?先生は?」
クラスの視線がその子に集中する。戻ってきたのは安藤でなく、怪我人の神田蜜柑だ。クラス中の視線が神田蜜柑に集中した。
体育で派手に足を擦りむいていた神田蜜柑だ。
「わかりました。神田さんも着席してください。安藤がまだトイレから戻ってきていないのでとにかく授業は終われません」
授業が終わっても教師がいるせいか休み時間モードに入れない不満が一部の生徒をいらだたせた。
「先生、まじかよ、俺、購買でミルクティー買いたいんだけど」
「我慢しなさい」
生徒からの苦情とブーイングはことごとく無視された。
「安藤、早く帰って来いよー」
生徒は口々にそうつぶやいた。
トイレから戻らない安藤を不審に思った間宮がトイレを見に行った。
数学教師の間宮が教室に戻ってくるや否やこうつぶやいた。
「安藤、トイレにいないのだけれどどういうことだろう」
「女子トイレじゃないの?」
秀才、尾島ノノが言った。
「どういうこと?」
「トイレに行くといった安藤君が男子トイレにはいなかった。つまり女子トイレにいるっていうのが論理的発想よ?」
「論理的だろうがなんだろうが男の安藤が女子トイレに入りますか?」
数学教師の間宮は怪訝そうである。
「あら、数学教師であるあなたが論理性を疑うのかしら」
「あっ!ちょっと発言してもいいかな!?」
闇崎りんごが言った。教室中が闇崎りんごに注目する。
「安藤君がトイレに行った後に私もトイレに向かった私は女子トイレの個室のドアが1つだけ閉じていたのをみたの」
「本当かね?」
間宮が言う。
「本当だよ」
女子でかつクラス委員の尾島ノノと友達のすみれが女子トイレを身に入った。
トイレはすみれのクラスである1年の教室を出て、空き教室2つを通り過ぎた場所にある。
「どうしたんだろうね安藤」
すみれは尾島に行った。
「さあね。でもトイレから出てこないってことは大方、下痢ってとこじゃないの?」
「男が女子トイレで?」
「そう」
尾島があまりに真面目な顔つきで言うので笑ってしまった。
2人は女子トイレを覗く。
「安藤、いるなら返事しろよなー」
尾島が叫んだ。すみれといるときの尾島は男の子っぽい。
「しょうがねえ奴だな」
トイレには個室が8つある。
左右にそれぞれ4つずつだ。
2人は手分けして順番に見ていく
すみれは左側を尾島が右側を手前から順番に見る。
「うわっ!?」
尾島が驚いたような声を上げた。
「どうしたの?」
すみれは尾島の方を振り向いた。
「鍵がかかっているんだ。驚いたな。」
「どうして?誰かが入っているんでしょう?」
「それはそうさ。鍵は掛かっている。つまりは誰かが入っているということだけれど未だに誰かが入っているということに驚いたのさ。入っているのは安藤だろう。」
「え、でも安藤君がトイレに行ったのは大分前の事だよね。長すぎない?」
「でも誰かが、入っているのよ」
それが安藤君だとしたらどうなるのだろう。彼は長い間トイレから出てこない。これは異常なことではないだろうか。
「誰か入ってますかー?」
ノノはそう言いながらノックを2回繰り返していた。中から返事はしない。
「変だわ。返事がないし、そもそも中に人が入っている気配がないわ。」
「うーん。とにかく鍵がかかっているし、上は人が通れるくらいには隙間があるけれど、ドアを乗り越えて入るにはジャンプしてドアの上部を掴んで、入るっていう手段があるけれど、ちょっと届きそうにないわね」
すみれはドアの上部の空間を見上げた。
「どうする?」
すみれは不安げだ。
「困ったわね。こうなったらドアを壊すしかないわ。先生を呼んできましょう。」
すみれと尾島ノノは先生を呼んだ。
先生はノックをして返事がないのを確認し、ドアを蹴り上げた。元空手部だという。トイレのドアに風穴をあけるくらいは造作もないだろう。
材質がプラスチックだったようでトイレのドアが破損した。人間が中を除くには十分な面積の穴が開いた。三人はほぼ同時に中を見た。
個室の中は異様だ。血がトイレの壁に飛び散っている。
人がうつ伏せに倒れている。背中にはナイフが刺さっている。安藤だ。不思議とそう感じた。
「まいったね」
尾島は言いつつ安藤の脈をみる。
「どうなの?」
「ああ、死んでいるね」
「なんてことだ・・・」
間宮は蒼ざめていた。
「どうしよう」
すみれは言った。人が殺されているというのに、すみれは思いのほか冷静だった。自分の中に何か得体の知れないものが潜んでいてそいつがすみれの感情を押さえつけているのかもしれない。
「俺にもどうすればいいのかわからん、こんな状況に遭遇するのは生まれて初めてだ。俺の責任問題になるかもしれん。どうすればいい!?どうすれば!?」
「先生、落ち着いてください。先生の方が取り乱してどうするんですか。すみれを見習って下さい。彼女は至って冷静です。」
すみれは沈黙していた。
「すみれ!ちょっとあんた大丈夫?」
「ノノ、どうしよう?」
すみれは涙ぐんだ声で言った。
「落ち着いて、とにかくこういう時は警察に連絡しないと」
「わかった、俺が連絡しよう」
間宮は携帯を懐から取り出しながら慌てるように廊下に急いだ。
「それで、私たちはどうする?教室の皆に知らせる?」
すみれはノノに訊いた。
「だめよ、そんなことをすると教室中がパニックになるわ。しかもそんなことをしても事態が好転するともいえない」
「うん、だね、みんな辛いと思う」
「そう、辛い、クラスメイトが死んだ、という現実、いえ非現実的かしら。まあ、でもこんなことを言うとなんだけれど、案外冷静な自分というのもどこかにあるわ。不思議とね」
「わかるよ。実感が湧かない、それに安藤とはあんまり仲良くなかったからかな、どこか他人という気持ちがあるんだと思う。女子高生としてはここで泣きわめいたりする方が可愛いと思うんだけどさ」
「なにそれあざとい」
「ノノもでしょ」
「まあね」
「とにかく、私たちがするべきことは犯人を特定することよ」
はんにんとくてい、そんな探偵みたいなことをすみれ達がする必要があるのだろうか。
「もうすぐ警察が来るんでしょ。それに任せてもいいんじゃないかな」
だから、すみれはこう言った。私には無理、荷が重すぎる。
「殺人鬼を野放しにしたくないわ、それに気になるでしょ、すみれも。犯人が誰なのか」
「まさか犯人に見当がついているの?」
「見当というほどでもないけどね」
ノノはぐらかすような風に言った。
「あやふやな言いかただね、見当がついているの?ついていないの?」
「ついていない」
ぼそっと、ノノは言った。わからないことが悔しいのか、ノノは不機嫌だ。
ノノは死体を検分する。
「うーん、ナイフが背中から貫通して心臓付近をえぐっているね、即死だったんじゃないかな」
「えぐいね」
すみれは淡々と言う。
それからノノはトイレを歩きまわって、トイレの一番奥にある、窓を見た。
「鍵が開いているね。犯人はここから逃げたんじゃないかな」
「そうかな、普通にトイレの入り口の方から逃げたんじゃないの?」
「その可能性も否定はできないわ、けど・・・」
「どこから逃げたかはひとまず置いて、個室のドアに鍵が掛かっていたという点は見過ごせないわ」
「どうして?」
「普通には入れないからよ。被害者は中で死んでいた。それに背中にナイフが刺さっているということは明らかにこれは他殺よ。ということはどうなるかわかる?」
「うーん、密室だから、誰も殺せない?」
「密室・・・と言いたいところだけれど密室でもなんでもないわ。ドアの上部に人が通れる程度の空間はあるし、男の人なら思い切ってジャンプすれば、ドアの上端の掴まれないこともないわ、そして懸垂の要領でよじ登って中に侵入して殺害する」
「なるほど」
「でもね、そう単純でもなさそうね」
「え?なんで?ノノちゃんが言うようにドアの上からしか侵入できそうにないよ?だったらそれで決まりじゃないかな?」
「トイレに入っていて、誰かが外でジャンプしてドアの上端に掴むのよ、その過程で音がするわ。被害者は即死なのよ。抵抗した形跡もない。これって不意を突かないと不可能よ。けどトイレの個室なんていう狭いスペースで不意をつくのなんて実質不可能だわ」
そうこうしているうちに30分くらいたって刑事を名乗る者と数学の間宮が戻ってきた。クラスのみんなは自習、ということになっているらしい。どうやらトイレで殺人があったことは知らされていないようだ。
刑事2人とすみれとノノそれに数学教師の間宮はトイレに隣接する空き教室に入った。つまり、トイレと1年の教室の間には2部屋空き教室があるけれど、トイレに近い方に入った。
「私は捜査一家の田磁路という者です」
背広を着た刑事を名乗る田磁路という男が黒板の前でそう言った。隣のもう一人、背広を着た男が同じく刑事の笹見です、と名乗った。本当に事件が起こったのだという実感が湧いてきた。
「君たちが第一発見者ということだね」
「そうです」
ノノとすみれは口をそろえて言う。
「うむ、では君たちには目撃時の状況を教えてもらうことになる。いいね?」
田磁路は確認口調で言っているが、有無を言わさぬ論調にも聞こえる。
「ええ、いいですよ、望むところです」
ノノはそんな刑事の態度に委縮するどころかなんだか張り切っているようだ。
「ちょっとノノ、いいの?そんな簡単に引き受けて」
「だって仕方ないよね、第一目撃者っていうだけでかなり重要なウェイトを占めるのよ、協力しないわけには行かないわ。それにこういう機会って滅多にないもんだし、憧れてもいたのよ」
「憧れって?」
「決まっているじゃない、事件に巻き込まれることによ」
刑事はすみれ達の会話に苦笑していたが、仕切り直すかのように咳ばらいをして切り出した。
「まずは被害者を目撃したときの状況を聞かせてもらおうかな」
「はい、チャイムが鳴り終って授業が終わっても教室に戻ってこないから先生がトイレに見に行ったんです」
ノノは言う。
「ほう、先生が見に行ったのですね?」
「はい、そして程なくして先生が戻ってきたんですが、その時先生はこう言いました。安藤君がいなかったと」
「なるほど、トイレに行ったはずの安藤君がトイレにいないということだね」
「いえトイレには行ったんだと思います。実際安藤君はトイレで発見されています。女子トイレですけど」
ノノは苦笑交じりに言う。
「最初に気づいたのは君たち二人かい?」
「ええ、女子トイレを見に行くと1つだけ個室が閉まったままになっていたんです、安藤君の後にもトイレに行った子が2人いるんですけれど、そのうち先にトイレに行った子が見に行った時にはすでに女子トイレには1つだけ個室が閉まっていたそうなんです。つまり誰かがトイレにいたことは確かです。そして授業が終わったときにも同じく1つだけ閉まっている。これを同一人物だとすると、かなりの間トイレにいるということになります。これはいくら何でも異常でしょう?」
「確かに、妙だな・・・」
「それで、先生が鍵のかかったドアを破壊したら、安藤君が死んでいたというわけです」
「そうか、事情は分かった」
「こっちで死亡推定時刻を調べてみたんだが、死亡推定時刻は11時50分から12時20分の30分間に限られます。そして被害者は背中から心臓を一突きで殺されていた。即死だそうで抵抗した後も見られなかったようです。」
すみれは考える。死亡推定時刻内に女子トイレに向かったのは安藤君、闇崎さん、壱宮さん。
ということは犯人はこの闇崎さんか、壱宮さんの2人が候補だろう。けれど個室にいる安藤君をどう殺したのかがわからない。
「うーーん、ノノちゃんわかった?」
「どうだろうね。もう情報は揃ったというところかしらね」
情報は揃っている。ノノちゃんはそう言っている。さっきからノノちゃんは独りで考え込んでいるようだ。すみれも自分で考えてみる。
「私、犯人わかっちゃったかもです」
突然かわいい声を出したのはなんと尾島ノノだった。すみれはたじろんだ。
訝しんですみれはノノの顔色を伺う。
ノノの浮き浮きした顔は見ていて可愛い。本当に、謎が解けたのだろうか。
「言ってみてくれ」
田磁路はいう。
「はい、犯人は初めから教室にいなかった神田蜜柑よ。彼女しか犯行は不可能。簡単なことよ」
「神田さんというのは?」
「はい、1人だけ教室に最初からいなかったのが神田さんです。保健室に行っていたそうだけれど、男子トイレで安藤君を殺したのね」
「確かに誰にもトイレに行ったということを気づかれないという意味でアドバンテージがあるが、安藤を殺せないという意味では闇崎、それに壱宮と同じだろう。この3人にはアリバイがないが証拠もない」
「被害者は神田さんに告白していたそうだわ」
「だからなんだというんだ」
「あらかじめ神田さんは保健室に行くと言いながら、男子トイレで待機。そして携帯で安藤をそこに呼び出したのよ。好きな女の子にトイレに呼び出されるのよ?男なら確実にいくわ。個室によびだされて二人きり、男と女、男は女を惚れていた、だったら、スカートの中を見せてあげるとでもいえば、男は喜んで頭をスカートに突っ込むわ。首を切り落とすくらい簡単よね。抵抗もできないわ」
その後、空き教室に返り血を浴びた神田蜜柑の制服がロッカーから発見された。




