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少年は声もなくうち震える。扉を押し開いて目に飛び込んできた光景に足がすくんだ。そこには…………。
散乱した部屋、それを彩る赤い液体。足を一歩踏み出せばちゃぷん、と水溜りに浸かってしまう。鉄の味がしたように鼻腔へ広がった。
むせかえるような濃厚な、血の匂い。
「……なに」
部屋の隅で何かが動いているような気がした。あれは……生きたモノなのか。そう思ったとき、ふと目があるものに吸い寄せられた。それの首元にチカリと光りを放つ、うす黄色。
――父さまが母さまに贈った首飾りだ。
あれは母なのではないか。よく見ればなじみある顔。
もっと近づいてみると彼女の腹から包丁の柄の部分が飛び出ているのがよく分かる。その柄もほとんどめり込んでわずかしか見えないのだった。母は具合の良いとき、すまなそうな顔をして調理台の前に立つことがあった。領主の妻ともあろう者がほとんど寝たきりで仕事どころか身のまわりのことは全て他の者にさせなければならないという状況に、彼女自身思うところがあったのかもしれない。その際に使う包丁がまさに今、彼女の肉を断ち切らんばかりに、命を消さんとばかりに迫っていた。
「母さま……なにが」
なにがあったんですか。そう尋ねてみても答えが返るはずもない。目は開いているけれど、何も映してはいないのだろう。風が吹けば微弱な呼吸も忘れてしまうかもしれない。戸と床の軋む音が遠くのほうで小さく響いた。
少年は、しばし、その場から動くことが出来なかった。