3
屋敷からぞろぞろと客が帰ってゆく中、先刻一緒に踊った男の子とも別れのときが迫っていた。
わたしは召使たちの傍らで人形のようにじっと立っていた。おかしなことに、動かず立っていることを苦に思った。今までこんなふうに感じたりはしなかったのに。
去り際、男の子は握手を求めてきた。はにかみながらも熱のこもった目で。
「今日はとっても楽しかったよ。また……君に会えるかなあ」
そうきいた瞬間、わたしの頭の中を一筋の光が駆け抜けた。
「――また会えるよ。きっとずっと後に」
確信があった。ごくごくまれにこういうことが起こる。
妙にはっきり答えてしまったから彼はしばし睫をしばたいて不思議そうにした。でも、「そうかあ、そうだといいな」と呟いてゆるく微笑んだ。
その顔があんまりにも無邪気そうなのでわたしはまたももやもやしなければなるまい。
と、不意にぱっちり目が合ってしまった。
わたしは先に視線をそらせた。男の子が笑う気配がする。それでも無言で通していると、彼は笑っているのを止めて同じように押し黙った。そしてわたしのほうにずいっと進んでわたしの顎を引き……。
「またね、可愛らしいお嬢さん」
そういって、風のように消えてしまった。何がなんだか、夢の心地すらしてただ呆然と彼がいた場所に目をとどめた。
今のって……?
「屋敷に戻れ。ここで立っていられても邪魔だ」
突然空から養父のいらだたしげな声が降ってくる。はっと我に返るとわたしは、うつむき気味で養父の視線から逃れえた。自室へと続く階段を一段飛ばしで駆け上がる。そうして急いで鍵を掛けると部屋に閉じこもった。
養父は先ほどのあれを見ていただろうか――いや、一瞬だったし、きっと気付かなかったに違いない。
わたしの部屋には大きな窓がひとつある。その窓を勢いよく開き、火照った頬を冷たくひんやりとした夜風にさらす。
胸がばくばくしていた。無意識のうちに唇に手を当てる。
初めての、口づけ――――…………。
彼は一体何なのだろう。わたしのことを知っているのだろうか。そう考えてみて、首を振った。いいや、そんなはずがないのだ。彼は絶対知らないのだ。そうでなければそんな……。
困惑した頭で思いつつ、わたしは赤らむ頬を両手で包むように覆った。
――わたしは人形でなければいけないのに。