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ブバルディア  作者: ほしみ ことの
第三章  秋の訪れと吹雪
28/29

6

「あれは何だ。前通ったときはあんな建物はなかったぞ」


 リチャルドの見つめる木々の先にはちいさくて白い建造物があった。魔術師(アルド)としてこのまま見過ごすわけにはいかないと力説され、一旦馬車を止めてもらう。

「何か信仰のために建てられたもの、みたいにみえますね……あちらこちらに彫刻が」

 人が少数入れる程度の大きさの建物、それは白くきめ細やかな石の塊を積み上げるようにして造られていた。羽を生やした人型の何かが至るところに彫りこまれている。金属製の分厚い扉を押し開けて中へ入れば、木製の長椅子が並んで三人を歓迎した。奥に何か大きく美しい像が座してある。特殊な植物の放つぼんやりとした薄明かりが天井から幾つも吊るされている。

「……こんなものが建つという報告はなかったぞ」

 魔術師が声を固くして呟く。微かに反響して声を返してくる空間に舌打ちし、おいここは思ったより立派なもんだなと小声で隣に囁く。申請がどうたらこうたらと言いながら筆記具を取り出して本格的な調査を始める男に、アランは目を見張った。

 仕事してる。

 そのちいさな大人みたいな後ろ姿に、少年は思わず問いかけた。

「新聞で出ている限りでは業務そっちのけみたいなことが書かれていましたけど……報告書を見るために一々王都に戻っているんですか?」

「それくらいはしないとまずいだろー……ていうか、そんなふうに俺って書かれてんの? へえ」

 調査の手を休め、振り返った男はニヤニヤ笑う。

「新聞読まないんですか」

「新聞は当事者じゃないやつが読むものなんだろ。俺が読んだって全部知ってることかでたらめが書いてあるだけだし、全然楽しくないね」

「……はあ」

 それじゃ、と調査を再開した魔術師は壁に様々な呪文をぶつけては記録をつけてゆく。その背中が何だか格好よく思えて、少年はぶんぶんと頭を振った。


「割と寒いね、アラン」

 リチャルドの大人力(おとなりょく)に翻弄された少年の後ろでは、ニコルが手を擦り合わせて無邪気に笑っていた。

「そうだね、ここ暖房ないから……」

 奥まで進むと、祭壇に安置された大きな彫像をより緻密に観察することができた。外観の壁にも彫られていたモチーフと類似している。しかしこの像はその身より大きな羽とはっきりとした目鼻立ちを持ち、己を見上げ祀る者を微笑むかのように座っていた。

 削りがなだらかでとても美しいと感嘆の息を漏らしたアランは、像の足に刻まれた模様をそっと指の腹で撫でた。横でくっつくようにしていたニコルは、その大胆な行動にぎょっとしてその手を掴む。

「ちょっ、壊れたら……どうするの」

「あ、うん……つい」

「つい、じゃないよー! リチャルドに見られてたら絶対――」

「俺はあんたらにどう思われてんだよ」

「「うわっ出たー⁉」」

「おいおい、人を化け物か何かみたいに……」

 聞こえてはまずいと思ってか発した声の響き方に慌てて潜めるように変えたニコルの背後に、早速噂のかたちの影が差す。ビクついた二人は揃って同じ台詞を口にした。離していた距離を一気に詰めるなんて、魔術師は神出鬼没である。

「――お気に召しましたか、旅の方々」

「はい、とても素敵な像ですね……え?」

 不意にスッと入り込んできた声の主に返事をして、その声が己の知っている誰のものでもないと一拍遅れて気づく。アランは、ちらと残りの二人の位置を確認してから振り返った。連れにいるのが評判高い魔術師といえど、過信は禁物だ。

 三人に声をかけてきたのは、大人のようだった。背がすこぶる高くて、薄布を頭にかけている女性。建物のあちこちに見かけた意匠を立体にしたようなものを首から提げて微笑んでいた。

「祈りを捧げると良いですよ。貴方がたのこの先に待ち受ける悪しきものが、善きことへと導かれるやもしれません」

 予言師なのだろうか。微笑みながらもじっと見つめているその丸い目は、三人の身体を透かしてどこか遠いものを映し出すように、時折ちいさく煌めいた。異様な空気が漂いはじめ、傍にいたニコルが生唾を呑み込む。

「……そこのべっぴんさん。ここにこういうもんを建てる許可はきちんと取っているのかい」

 気圧される少年たちを尻目に鼻息を鳴らし、リチャルドが一足彼女に歩み寄った。仕事モードで躱す戦法らしい。

「? いえ、いけませんでしたか?」

「そんなら、後で必ず許可を取ること。そういう活動をするのは別に問題ねえよ。だけど許可がないと、折角こんな立派に建てたっていうのに壊されちまうだろうし、あんたも捕まるからさ」

 ほら、困るだろ? そう言っていつもより優しく笑いかけるリチャルドの姿に、アランは動揺した。僕らへの態度とえらい違くないか、それは。

「リチャルド優しいね。意外かもー」

「うっせーよ、ちび。いちいち茶化すな」

 同行人らがぎゃあぎゃあと言い争いを開始する。すごくうるさい。

「騒がしくしてしまってごめんなさい。きっとここは神聖な場所なんですよね」

 少年は、女性の方を見た。向こうもさっと気づいてそうして微笑む。身なりは綺麗にしているが、骨ばった裸足からは血がにじみ出ていて、それだけでなくて袖口から覗く腕にさえあちこち青痣や膿んだ痕が窺えた。誰にも隙を見せたくないと警戒で行う笑みの仕草に、ここでこうしているのも何か事情があるのだろうと思いながら、良いんですと近づいて己の両手を包みこむ女をそのまま受け入れた。

「……貴方は珍しい髪と目の色をしているんですね」

(この人、指が冷たい)

 触れられた途端、まるで氷に皮膚がへばりついたようで、言い知れぬ不快な気持ちが心の中で渦巻いた。逃げたくて仕様がない。

「あら、貴方……あまり無茶はなさらない方が良いですよ。そのうち死んでしまうかもしれないわ。まあ! こんなことって……――――」

 蝕むような寒さに震えていると、ぶつぶつと呟いていた女性が見えない何かで弾かれたかのように飛び退いた。真っ青になった自分の顔をしきりに擦っている。

 死ぬ。死ぬという単語を発していたが、それってつまり。

「? 死ぬんですか、僕」

「場合によっては、死にますわ。この周りにいらっしゃる方々に貴方の全てがかかっていると言っても良いでしょう。明日明後日、お気をつけて」

「え? そんなすぐ」

 予言めいた話に反応を示すと、肌を擦る動作をやめた女はずいっと身を乗り出して目を大きく開き微笑んだ。そしてつうっと指で子どもの輪郭を遠巻きになぞる。

「――あちらの方も、稀有な容姿でいらっしゃるの……ああ、そうなのね。ともかく、貴方は念の為祈った方が良いですわ」

 意味深な笑みをたたえ、それでは失礼と深々とお辞儀をしたかと思えば、予言者の彼女は子どもの方へと踏み出した。脇で待っていたはずのリチャルドはいない。もう馬車に戻ったようだった。アランはそのままニコルが彼女と話し終わるのを待つことにした。祈りは、捧げなかった。


    *


 軽い足音が近づいてくる。きっと、先刻のあやしげなお姉さん。

「貴方のこれからを見てあげましょう」

 拒否がしたい。そんなものがなくてもぼくは生きられる。そう思って振り向いた。そこへ確かな衝撃。ふくよかな胸がニコルの眼前にあった。というよりもぶつかって顔が圧し潰される勢いがあった。おそらく抱きしめたつもりなのだろう。身長差を考慮しないからこうなった。

「――っふが……ぐるひいえす」

「あら、窒息しかかっていますね。何故……」

(この人ほんとに不思議がってる)

 頑張って豊満な肉の海から抜け出した子どもは、ぜえぜえと息を吐いて不審者を見上げた。一瞬だけ眉根を寄せたのを見て、ほっとする。一応わざとではないらしい。

「お姉さんは、予言をする人なの? どうやってやっているの?」

 窮地を脱した子どもがそう問うと、女性は緩く微笑んだ。

「相手と触れ合うのです」

「じゃあ――」

「もう、見えました。貴方はもっとよく御自分を見つめてみるべきですよ」

「はあ、」

(意味分かんない…………)

 自分を見つめてみないと一体なにが起こるというのか。見つめるとなにが起こるというのか。ただ単に助言? 大した予言には思えなかった。ほんとになにかが見えているの?

「貴方には祈りが必要ないようですね……ここでわたくしが出来ることは何もない。お引き取りくださいな」

「え゛っ゛!? ぞっ、げほっげほっ、…………そんなあっさり!」

 何かすごいことを言われるのかと話の続きを待っていたニコルは、立ち去れと言わんばかりの態度になった女人に驚き、息を思い切り吐き出した。結果喉を痛め、むせ込むように喋らざるを得なくなる。顔をしかめた。

「祈っても良いですが、幾ら熱心に祈ったとしても効果はありません。この像の主に祈ることで解決するようなものではないのです、貴方は」

「……知ってるんですか、ぼくがしてきたこと。ぼくが知らず歪んでしまった記憶の真実を――――」

 不安になって、彼女の目に映るものを見ようとする。己が映っているだけ。映っているだけ。なにを見たのだろう。でたらめなら、からかいだとしてもちょっとゆるせない。なにを、彼女は見た。

 お姉さんは、舞踏会の面を被るようににこっと笑った。

 目を開けていられないほどの風が、吹く。

「……さあ、お帰りくださいな」


 風が止み、腕を下ろす。目を覆っている間何にも触れられずに気がつくこともなく建物の中から外へと放り出され、その閉ざされた扉の前にニコルとアランは二人して立ち尽くしていたようだった。互いに無言で視線を交わす。少しの恐怖が鏡あわせでその目の中にはあった。

「――いくぞ、あんたら」

 背後からリチャルドがそっと声をかける。リチャルドも一緒に締め出されたようだった。

 大人しく馬車へと乗り込んだ借り物のような子どもたちにリチャルドは何か言いかけようとしたが、そのまま吞み込んだ。

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