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ブバルディア  作者: ほしみ ことの
第三章  秋の訪れと吹雪
25/29

3

 ニコルより少々遅ればせながら宿屋から飛び出たアランは、その小男のやった一部始終を目の当たりにし、考え込んだ。あれは、あの男は一体何なのだろうか、と。いつの間に横にきたニコルも睫毛をぱしぱしさせ困惑している。

(いや、気のせいなんかじゃなく、あれは――魔術師(アルド)だ)

 発動させていたあの現象、手慣れた様子……。

 少しすると、全て片付け終えたらしい、子どものようにしか見えない男がカッカと木靴の小気味よい音と共に二人の元へと歩いてきた。おどけた声と仕草で、ニコルの方を指さし笑う。

「あんたら、ちゃんと逃げてたんだな。心配だったんだぞ? 特にそっちの……ちび」

「ちびじゃなくて、ぼくにはニコルっていうちゃんとした名前があって――」

 ちび。その極めて不躾で、本来市民の手本とあるべき魔術師の言葉選びに、アランの眉がぎゅっと中央へ寄せられる。あきらかに、からかいの意図をもって発せられた言葉であるとそう思った。

「僕の連れのことをそんなふうに言わないでください。仮にも貴方は魔術師なのでしょう?」

 湧き上がってきた怒りによって自分の口調がとげとげとしたものになってゆくのを少年は自覚し、言い終わると行儀の悪いその口を結んだ。小男は子どもの隣に少年がいることにたった今気づいた、そんな仰々しい驚きを目に浮かべてアランに向き直った。

「まあ、な。でも俺、そういう()()()()()()()っていうのは好きじゃないんだ。あんたらだってさ、少なからずそういう瞬間ってあるだろ?」

「えっ」

 ドキリとして上擦った声に男はしてやったり、と目を細める。

「そっちのちびは坊ちゃん。この国じゃあ、緑色の眼を持った子どもなんてペリリュート家の養子くらいだ。今は逃走中っていうおまけつきのな」

「なっ……やっぱり外見だけで気づいてしまうくらい有名なんですか、ニコルは」

 手遊びをして気を紛らわせていた当事者も、飛びこんできた声で自分のことを話していると分かって二人を交互に見る。その目に滲む不安を拭い去るように少年は背を撫でてやった。そのやり取りに茶々を入れずちらっと眺めてから魔術師は会話を再開する。

「ここで生きているなら当たり前のように知られていることだ。おまえら、ラゴンを通ってきたよな? あそこで幅を利かせているオルター伯に何か変なことをされなかったか――」

「ウウ゛……ッ」

 オルターの名を耳にしてニコルの顔が歪む。顔だけでなく身体が小刻みに震え、それを抑えこもうと腕が交差した。気まずい空気が流れる。

「あー……ちび。何となく分かった、だから言わなくて大丈夫だ。俺は、それ以上の深い傷を負わせるつもりはない。言わなくてもちゃんと伝わってるぞ」

「……ありがと」

 おう、と笑った小男が半泣きのニコルの頭を撫でる。どうやら口は悪いがそこまで悪い男ではないらしい。子どももいつの間にか安心して魔術師の服の裾を掴む程度には懐いていた。

「こないだも同伴する俺の目を盗んで子どもに手を伸ばしかけていたからな……次会ったら必ず、警吏に突き出してやるよ」

「そ、そうしてくれると助かります」

 少年の背筋がぞわっと粟立った。まさかその伯爵をここで怯えていたその子どもが殺してしまった、そうばれたら……気が気でなくなる。

「そう! ペリリュート家といえば、社交会によく顔を出す親交が深めの一族がいたろ。冒険家かぶれのペロー一家」

 ……話題の変更についていけない。さっきまでの真面目さはどうしたのか、へらへらとお喋りをし続ける男に、閉口する二人。止めても話しそうな雰囲気に、アランとニコルは肩をすくめて苦笑いした。

「その召使長(パルドー)がさ、この辺一帯にいるはずなんだよな。土産物屋で何かに見入っていたら主人とはぐれたらしくてさ、俺が代わりに主人を見つけたっていうのに伝えようと思ったらソイツいなくて」

「あの、その召使長って白髪まじりで銀縁丸眼鏡、青いスカーフを首に巻いている人ですか」

 雑談を聞くうち、故郷が懐かしくなりながらアランは男に尋ねる。ニコルは見当もつかないどころか興味すら失ったようで、小男の羽織りの房飾りを弄っている。

「ああ、そうだ。序にいうとチェック柄のシャツとズボンでいた。貴族って変なヤツが多いけど、アイツはマジで変わってる」

 服装がな。そう笑う彼も魔術師だというのにくたびれた服で申し訳程度の羽織りを背負っている状態だが、少年はそこを突っこむことはやめた。

「その人、よく僕の村に来るんです。断っても必ず何か物を持ち寄って。僕だけじゃなくて見かけた住人全員に配り歩くので荷車おじさんと呼ばれていたりしていますね。もしかして、ここにいるんですか?」

 深い青のスカーフはその男の唯一の宝物と聞いていた。普段は温厚で律儀な人だが、その宝物に触れようとするならその場で相手を切りつけそうな程に態度が豹変する。

「どこにいると思う? 困っているんだよ、俺。はあ、残念だなあ……ちびは全く覚えてないのか」

 何回目のちびか分からないが、そろそろ我慢の限界にきそうだ。カチンとくるのを抑えて、ニコルの手を引っ張った。ずんずん前を行くので子どもの足がもたついていた。「危ないぞ~」と暢気な魔術師の声が背中にかかる。


「……行くよ、ニコル」

「え? その人探すんじゃないの」

「僕らにそんなことをする余裕なんてないでしょ」

「あっ、そうか……ていうかなんかきみ、怒ってるね」

「あの人、ちびって言うから。それより、すっかり忘れていたみたいだね」

「ごめん、アラン。ところで――」


 ところで、この山下りるの? ぷりぷりと怒っている少年は、何故そんなことを聞くのか分からない、という顔で頷いた。すると遠ざけたはずの男がすかさず割って入る。

「ここを下りるのか。今進もうとしていた道はおまえらの足じゃ到底ムリだぞ」

「? どうしてです」

「見てごらん」

 まだ友達をちびと連呼されていたことで憤っている少年。胡乱げな視線を受けても魔術師は飄々として目の前より遠く、その道を見るよう彼に言った。急な傾斜に極端な狭さ。斜面を慎重に行くには邪魔なごろごろとした石片が無数に転がっていて、たまにちいさく雪崩れるのが短時間でも目視で分かる。

「じゃあ、下りるのは……」

「おまえは良いかもしれないが、アイツはまだ足腰が耐えられないだろう。大分ムチャだぞ。俺がいるっていうのにあんたらに怪我させちゃあ、意味がない。ここは俺に任せて、浮遊術で下りようぜ」

 男がそう言って胸を張った。魔術師なのに、本当にこんな些細なことでじゃぶじゃぶ行使して良いのだろうか。本来の魔術師ならこういったトラブルは無視する。

(あれ? 待てよ……)

 魔術師で、まだうら若く業務を怠りがちで、困っている市民がいればそちらを優先する人。自然と思い浮かぶのは、あの人間。いや、違うはずだ。しかし当てはまりすぎていて完全に否定はできない。

「もしかして、貴方はリチャルド・フェルマン……」

「? そうだけど、それがどうかしたのか。良い名前だろ」

 噂や新聞で何度も話題にあがっていた若者が、今自分の目の前にニコニコと笑って立っている。

(何か、あんまりすごい人っぽくは見えないな……)

「え、ということは十五歳ですよね。小さすぎませんか」

 彼は、アランよりちいさい。更にニコルよりちいさい。ニコルの目の高さに頭のてっぺんがくるような身長だ。

「俺、魔術習い始めたのが早かったんだよな。副作用っていうのが近いか、それで伸びるのも止まってコレよ」

「そうなんですか」

 精神年齢もそこで止まってしまったんですか――そう聞きたいのをぐっと堪える。アランはふう、と息を吐いた。許そう。許したくないが、直せないことは人間誰しもあるのだ。

 改めて男に向き直り、真剣に見据える。ほんの気持ちの金の入った包みを差し出した。

「――リチャルドさん、僕らが山を下りるのを手伝ってください」

「そんな固くなって頼まなくても勝手に手伝おうとしただろうから、それはいらない。それより……一応術は使うんだけどさ、万が一の落下の可能性だけちょーっと頭に入れておいてくれねえかな。たまに、ほんのたまにだけど、失敗するんだ」

 アランに繋がれているままの手を揺らしていたニコルの顔がさっと青くなる。握った手がきゅっと強くなって少年は笑った。

「ニコル、手はもう少し繋いでおこうか」

「うん、……こわい」

 がたがたとまた震え出したので、手だけでなく身体を抱きしめてやる。すると、ニコルも痛いくらいに力をこめてぎゅうと抱き返してきた。

(うっ……肋骨が痛い痛い)

 何せニコルだ。仕方がない。恐怖で加減をするための感覚も鈍っているのだろう。そっと背中をさすって大丈夫大丈夫と宥める。

「そういえば、あんたら仲直りしたんだな。良かったよ。子どもは仲良くするもんだ……――よし、準備は良いか? いち、にの、」


 さん、と魔術師が声高に叫ぶやいなや、三人は宙に浮いた。そうしてそのまま急降下をはじめ、そのすさまじい勢いでニコルもアランも気絶した。

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